望潮亭通信

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三権分立の危機

 イスラエルのネタニヤフ首相は、裁判官任命に対する政権の影響力を拡大したり、最高裁の判断を国会が覆すことができるようにする等の司法制度改革の立法化を延期すると表明した。司法の独立性を損ない、三権分立を危うくするとして批判が高まり、1月から大規模な抗議デモなどが続き、世論の反対に押されて延期を表明せざるを得なくなった。

 批判の声は閣内からも上がり、ネタニヤフ首相は改革中止を求めた国防相を更迭して押し切ろうとしたが、それが人々の反発を強め、抗議デモを拡大させ、国会を数万人が取り巻いたという。さらに主要な労組が抗議のストライキを展開し、医療機関や大学、大型商業施設などが機能を停止し、混乱が広がっていた。

 司法制度改革により「深刻な分断が軍にまで広がっている。イスラエルの安全保障にとって明らかに脅威だ」と更迭前に国防相が述べたと報じられ、軍関係者による抗議デモも行われ、多くの予備役兵士の服務拒否の動きも出ていたという。法曹界はもとより経済界からも強い批判が出ていたネタニヤフ政権の司法制度改革が実現するのか、行方は不透明だ。

 ネタニヤフ政権は「国民が選んだ代表者(国会)の意向が司法府に反映されるべきという名目で改革を目指している。改革案は、判事の選定に政府の意向を反映し、最高裁が国会での立法に介入できないようにする方向性で作られた」(中東調査会HP)。その司法制度改革は、▽全国の裁判所で政府寄りの判事を大幅に増やすことができる、▽最高裁の法律審査権を大幅に制限するなど司法の機能を弱体化させるものだ。

 三権分立は「国の権力を立法権・行政権・司法権の三つに分ける仕組み」で「国の権力が1つの機関に集中すると濫用されるおそれがあるため、三つの権力が互いに抑制し、均衡を保つことによって権力の濫用を防ぐ」(参議院HP)。ネタニヤフ政権が司法制度改革に動くのは「過去に法曹界がネタニヤフ政権の政策に異議を表明し、対立した経緯があるから」で、この司法改革は、選挙結果としての多数派の専制で「司法府を政府の従属化に置く試みである」(中東調査会HP)。

 制度としての三権分立を採用している国は多いが、強権国家では形骸化し、民主主義国では米国などのように最高裁の判事の選出によって行政が司法に影響力を行使したりする。三権が常に緊張関係にあり、相互に監視しているのが理想だろうが、行き過ぎや暴走を是正する強制力は立法と行政には乏しく、法の支えがある司法には強制力がある。

 司法の独立性が損なわれ、三権分立が危ういとして反対運動に立ち上がったイスラエルの広範な人々は、三権分立を機能させて「国のかたち」を守ろうとしている。制度としての三権分立は主権者である人々に支えられていることを今回のイスラエルの人々は示した。司法が行政に従属しているように見える国は多いが、司法の独立には人々の支持が不可欠であることも示した。