望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

タレントにタメ口

 名を知られて有名人になると、自分は特別な人間だとの意識を持つ人がいる。名を知られたのが不祥事に関わることだったりすると、世間から隠れようとして、外出時には自分の存在を周囲に知られないようにする。一方、顕著な功績によって名を知られた人は、有名人になったことを意識しながら、それまでと同じ生活を続ける。

 タレントが名を知られるのはテレビ出演などによるが、テレビに出演することが顕著な功績だとは一般には見なされないだろう。だが、タレントの中にはテレビ出演が多くなると、テレビ出演が多いのは自分の才能によると自負し、さらには自分が選ばれた人間であるとの自意識を育み、一般人とは違う人間だと思い始める人々もいるようだ。

 歌手や俳優らの芸能人はスターと呼ばれることもある。スターとは「人気がある花形」で、スターだとメディアなどから扱われ、ファンに囲まれたりするうちに本人もスター意識を持ったりする。歌唱や演技が人々から称賛される歌手や俳優がスターとなるが、スターになれない歌手や俳優は多い。一握りの歌手や俳優がスターになり、本人もスターだとの自覚を持つだろう。

 テレビのバラエティー番組だけで露出の多いタレントも、人々に注目されたりし、名が知られていると満足してスター意識を持つ人もいるだろう。その場合のスター意識を支えるのは、自分の存在で人々が騒ぐことやテレビ出演を続けていることだったりする。そうしたタレントの「芸」が何かは不明だが、人々はテレビ出演しているタレントを有名人扱いする。

 テレビ出演で名を知られているタレントは人気はあるが、スターとは違う雰囲気だ。仰ぎ見る存在というより、面白いことを言ったり、はしゃいで見せたり、親しみやすさなどをテレビで披露して人々を楽しませる道化師のような存在だ。人々を楽しませることでは寄席芸人と同類なのだが、テレビの影響力は大きいのでタレントというテレビ芸人は有名人扱いされる。

 そうしたタレントがスター意識を持つと、自分は特別だと思ったりし、自分は一般の人々の上位に位置すると勘違いする人も出てきて、スター扱いされることを当然とする。そうしたタレントがテレビの街歩き番組などで、出会った一般の人の中にタメ口で話しかける人がいたりすると、苦笑したり、戸惑った表情を見せる。自分は特別だと勘違いしているタレントを見分けるには、タレントを人々が特別扱いせずに接することが有効だな。

 名を知られて有名人になっても「自分は市井の一人の人間です」と振る舞うことができる人は、自分を律することができている。だが、テレビに出ることで人気も金も得ることができると過大な期待にとらわれた人が、うっかりテレビ芸人として名が売れたりすると、スター意識やセレブ意識が膨れ上がり、その意識に見合った扱いを周囲や人々に要求したりする。タレントが特権意識を持っているのかを試すには、街頭ロケなどで出会った人々がタメ口で話してやることだ。

4文字の略語

 大統領選でトランプ陣営が使ったスローガンのMAGA(Make America Great Again=アメリカを再び偉大にしよう)は支持者を中心に共有されて広まり、世界でも知られるようになった。一方、いろいろな4文字の略語が作られるようになり、面白がられたのはTACO(Trump Always Chickens Out=トランプはいつも腰砕け)だった。

 外報によると他にも、MEGA(Make Europe Great Again=欧州を再び偉大にしよう)やMAGA(Make America Go Away=米国は出ていけ)、FAFO(Fuck Around and Find Out=好き勝手にやれば痛い目を見る)、YOLO(You Only Live Once=人生は一度きり)などの4文字略語が現れたという。

 英語の4文字略語は多く、AIDS(Acquired Immune Deficiency Syndrome)、ASAP(as soon as possible)、HTML(Hypertext Markup Language)、http(hypertext transfer protocol)、ICBM(Intercontinental Ballistic Missile)、JPEG(Joint Photographic Experts Group)、LGBT(lesbian, gay, bisexual, transgender)、Wi-Fi (wireless fidelity)、PTSD(post-traumatic stress disorder)、SOHO(small office 、home office)など日本でも使われているものも多く、NASAやSWAT、GAFAなど固有名詞扱いとなった略語も多い。

 誰にでも4文字略語を作ることはできるから様々な4文字略語が今後も現れるだろう。思いつくまま作ってみると、MAFA(Make America Funky Again=アメリカをまたファンキーにしようぜ)。Greatは政治家が言うと解釈の範囲が狭まるが、ファンキーは「個性的で魅力がある」で、個性や魅力の解釈は個人に委ねられ、多様な人々が自由に生きることを認め合う社会にふさわしい。

 最近のジャズにうんざりした往年のジャズを好む人なら、MABA(Make America Bebop Again=アメリカでビバップをまた演ろうぜ)か。少ないコードの曲で細かい音を連ねて演奏しまくるモード奏法が増殖して、どれもこれも似たように聞こえ、「どうしてジャズはこんなふうになってしまったんだろう」と違和感ばかりが募るファンは、CDなどでビバップを聴いて楽しみ、「これでいいいんだよ」と思う。

 自国第一主義を掲げるのは米国だけではなく、中国はMCGA(Make China Great Again=中国の偉大な復興)だ。中国の自国第一主義が危ういのは、軍事力で領土を拡張することを想定しているらしいことで、周辺諸国は迷惑している。「Great Again」政策を掲げる国家は、国内的には愛国的な求心力を高めるが、国際的には他国との摩擦を繰り返す。MCFA(Make China Friendly Again=親しみやすい中国に戻る)には時間が相当かかりそうだ。

 日本でMJGA(Make Japan Great Again=日本を再び偉大にしよう)を掲げた場合、いつの時代を偉大とするかで議論が出そうだ。バブル華やかな頃か、高度成長期か、日本軍が外国で戦勝を続けていた時代か。どの時代にも負の側面があり、庶民か富裕層か権力者かーなど視点次第で評価は変わるだろう。MNGA(Make Nissan Great Again=日産をまた偉大にしよう)なら、社内派閥には興味がなく、有能で実行力があり、報酬に執着がない経営陣が必要だな。

被害者とカモ

 SNSの投資話につられて、高齢者が数百万円から1千万円以上などの大金を奪われたとのニュースを見聞きすることが多い。警察などが注意を呼びかけているが、同様のニュースは一向に減らない。投資詐欺に関する相談件数は2023年に8398件(うち7157件が被害後の相談)で、相談者は60代以上が約39%、40代以下が約36%と高齢者が多い。10年前は2060件だったので4倍以上に増加した(金融庁)。

 高齢者は投資詐欺に狙われているとの自覚を持って警戒するべきだが、相手は「プロ」の詐欺集団だ。手口は巧妙で日々変化しているが、最初の投資で儲けさせ、徐々に投資金額を上げさせる手法が多いようだ。投資詐欺の手口は、「未公開株・新規公開株」関連、「外国通貨や暗号通貨」関連、「権利」関連(風力発電太陽光発電、新技術などに関係する権利や知的財産権などへの投資)などがあり、複数の会社を装った複数の人間が1人の消費者を騙しにかかる「劇場型」の手口や「プロ向けファンド」を装う手口もある(金融庁)。

 投資詐欺を見破るポイントは、▽聞いたことのない(金融庁への登録も確認できない)業者からの勧誘▽「上場確実」「必ず儲かります」「元本は保証」「後から買い取ります」などの言葉▽未公開株や私募債の取引の勧誘▽同じ株式・社債などを複数の業者が勧誘▽公的機関の委託などを装う勧誘▽公的機関を連想させる名称を使っている勧誘-などだ(金融庁)。SNSで親しくなってから投資話に引き込む例も多いとされ、詐欺業者は警戒心を弱めるテクニックを磨いている。

 こうしたニュースでは、騙されて大金を奪われた人々は詐欺の被害者とされる。大金を奪われた人々は、おそらく生活費ではなく、溜め込んだ資金を増やすことができると欲に駆られて投資話に乗ったのだろう。投資は自己責任であるが、儲け話の詐欺に騙されて大金を奪われるのも自己責任だ。何度も送金している事例が多いのは、すっかり騙されていたことを示すとともに、いかに欲に駆られていたかをも示している。

 欲につられて、まんまと大金を騙し取られた人々は、同情すべき対象か、冷ややかにカモだと見ておけばいい対象か。生活費を巻き上げられた人なら同情の対象になるだろうが、生活に余裕のない人が数百万円も投資できるものだろうか。詐欺の被害者であっても、欲に駆られて溜め込んだ資金を投じた人に対しては自己責任をもっと問うべきではないか。

 投資詐欺に引っかかって溜め込んだ資金を奪われた人々に対して、間抜けなカモだと笑ってす済ます社会なら、「騙されるほうにも責任がある」ことが常識となる。そうした社会では、人々の警戒心は高まるだろう。警察などがしきりに投資詐欺に対する注意を呼びかけても、騙される人が次々と現れる日本社会は人々の警戒心がゆるく、詐欺師集団にとって魅力的な「市場」だろう。

 詐欺話に乗って大金を取られた人々を批判的に扱うことは大衆相手の商売である報道機関にはできず、被害者として扱う。報道機関は同情心を煽ることを好むから、騙された人々の責任を問うことはしない。そうして、いつまで経っても騙される人々が減らず、警察などが注意を呼びかけることが続く。金を溜め込んだ人々は欲深で、おいしい儲け話に弱いとすると、投資詐欺はなくならない。

軍事力の時代

 イスラエル軍がイエメンのフーシ派が支配するホデイダ港など3カ所の港と発電所空爆した。フーシ派によるイスラエルへの度重なる攻撃に対する反撃とされ、イスラエルの国防相は、フーシ派は「自分らの行動に対して重い代償を払い続ける」とし、「イエメンの運命はテヘランと同じだ。イスラエルに危害を加えようとする者は誰でも危害を受ける。イスラエルに対して手を上げる者は、その手を切り落とされる」と表明したそうだ。

 2015年の内戦勃発以来、3勢力を中心に諸勢力が争うイエメンで、シーア派系のフーシ派は親イラン武装組織とされ、イランの支援を受けているとされる。「イエメン全土で、イエメン政府と反政府勢力との衝突やイスラム過激派組織などによるテロ・誘拐事件が発生している。在イエメン大使館は治安悪化のため2015年2月をもって一時閉館中」(外務省)。

 ガザのハマスレバノンヒズボラというイランが支援するシーア派武装組織は、イスラエルによる軍事行動や幹部らの暗殺で弱体化し、残っているのはイエメンのフーシ派とイラクの親イラン民兵組織だ。中距離弾道ミサイルを保持するフーシ派はイスラエルに対するミサイル攻撃を繰り返していた。イスラエルは、ホデイダ港がイラン製の武器や軍事装備品などの輸送に使われ、フーシ派が拿捕した自動車輸送船のレーダーシステムが、紅海などでの活動に使用されている-などと今回の攻撃を正当化した。

 今回のイスラエル軍の攻撃でフーシ派がどのような打撃を受けたのかは詳らかではないが、中東各国に張り巡らしたイスラエルの情報網により狙いを定めた攻撃であったとすると、相応の効果はあったものと推察される。イスラエルはガザを制圧し、ヒズボラを弱体化させてレバノンも制圧、防空能力を低下させて空爆をいつでも可能にしてイランも軍事的に事実上、制圧した。

 エジプトとヨルダンに加え、UAEバーレーンスーダン、モロッコと国交正常化して関係改善したイスラエルは、軍事力で周辺諸国の「無力化」を進める。ヨーロッパなどから移住したユダヤ人がパレスチナの土地にイスラエルを建国したのは1948年5月。それから77年、周辺諸国との4度の戦争を戦い抜き、各地の武装勢力との戦闘も戦い抜いたイスラエルは、人工的に建国された国ではあるものの、確固とした存在となった。

 それを支えるのは圧倒的な軍事力と、中東を追い出されたなら再び、放浪の民となるので、戦い抜く強い決意を共有する人々の存在だ(さらに中東各国に張り巡らした情報網の効果も大きい)。イスラエルは国家の存続を圧倒的な軍事力で確保した。ウクライナ侵攻を続けて停戦に応じないロシアも、軍事力で周辺諸国への介入を繰り返し、既成秩序の変更を進めている。

 米国は空爆でイランに譲歩させ、中国は太平洋での海軍や空軍の行動能力を誇示するなど、軍事力で国際関係が変化する「軍事力の時代」になった様相だ。軍事力に対抗できるのは軍事力だけだから、世界は軍拡競争に向かうだろう。イスラエルやロシア、米国が示したのは、軍事力で既成秩序を変更し、世界を動かすことができるという現実だった。平和や共存などを求める言葉が無力であるのは「軍事力の時代」の特徴だ。

記憶か記録か

 WHOによると世界の新型コロナウイルスの累計感染者数は7億6366万5202人、累計死者数は691万2080人だ(2023年4月16日時点)。地域別に見ると(累計感染者数・累計死者数の順)、欧州は2億7554万人・222万人、南北アメリカは1億9199万人・294万人、西太平洋は2億233万人・40万人、南東アジアは6092万人・80万人、東地中海は2333万人・35万人、アフリカは952万人・17万人。

 日本の累計感染者数は3380万3572人、累計死者数は7万4694人だ(2023年5月9日時点。全数把握による感染者数の発表は2023年5月8日が最後。米ジョンズ・ホプキンス大は2023年3月10日にデータの更新を終了)。日本を含め世界で大惨事をもたらした新型コロナウイルスだが、発生源は不明だ。中国武漢市の卸売市場から広がったとか武漢ウイルス研究所から流出したとか推測されている。

 25年6月に公表した報告書でWHOは、必要な情報・データの不足で「結論は出ていない」とした。その上でコウモリなどの動物から人への感染が「最も裏付けのある仮説」とし、武漢市の研究所からのウイルス流出説について信憑性を「評価できない」と判断を保留した。米下院特別小委員会は24年12月に公表した報告書で、武漢の研究所での事故がパンデミックを引き起こしたウイルスの起源だとした。

 都合が悪いデータは隠す中国が、WHOが必要とする情報・データを提供する可能性は低く、新型コロナウイルスの起源は不明のままに終わりそうだ。7.6億人以上が感染し、約700万人が死亡したパンデミックの記憶を世界の人々は語り継ぐだろうが、起源や発生源が隠されたままでは正確な記録を作成することはできない。次のパンデミックに備えるためには記憶よりも正確な記録が必要だ

 新型コロナウイルスは感染拡大を繰り返した。日本では2020年4月頃に感染拡大の第1波があり、23年2月頃に第8波があって同年5月に5類移行となったが、その後も感染拡大はあり、2024年8月頃の感染拡大は第11波だと厚労省。これまでの感染拡大は冬と夏に繰り返していたが、変異株の出現・人流の増加・接触機会の増加など様々な仮説はあるものの、感染拡大を促した要因は特定されていない。

 同様に感染拡大が収束した要因もはっきりしていない。ワクチン接種と自然感染による免疫獲得・警戒心が高まり接触機会が減少(自粛の効果?)・長期休暇や連休の終了などが指摘されるが、それぞれの要因は「定性的には検討できるが、どの程度、収束に寄与したかという定量的な解を得ることは困難」(厚労省)。

 感染が拡大し、収束しては感染が拡大することを繰り返した新型コロナウイルス。何回も感染拡大の波があったとの記憶よりも、何が感染拡大を促し、何が収束させたのかを突き止めて記録に残すことが必要で、ワクチンや自粛要請などにどれだけの効果があったのかを明らかにすることが「次のパンデミック」対策に役立つ。感染拡大と収束の要因を曖昧なまま放置することは、今後の対策も情緒に流される可能性を残す。

勝者としての戦争

 中国は9月に北京で抗日戦争勝利80年記念式典を開催し、軍事パレードを実施する。習国家主席が重要演説を行うと報じられ、9月3日を抗日戦争勝利記念日と定めている中国は終戦80年を勝利から80年として大々的に内外にアピールする予定だ。ロシアは5月にモスクワで対独戦勝記念日を祝う式典を開催、軍事パレードを行った。ウクライナ侵攻中なので厳戒態勢が敷かれたそうだ。

 中国やロシアが開催する式典は、勝者として戦争の記憶を伝承する行為・試みである。同時に、現在の政権の正統性を強調するために戦争の勝者であることを利用し、強調するとともに、勝利した戦争を賛美している。そこでは死者は敵味方に峻別され、自国の戦死者が愛国者として称賛される。敵味方にかかわらず、戦争における死者を追悼するといった姿勢は希薄だ。

 一方、日本で毎年行われている第二次大戦に関する式典は、敗者として戦争の記憶を伝承する行為・試みである。報道では悲惨さが強調され、肉親らを失ったり、焼け出されたり、厳しい統制に従わざるを得なかったことなど人々がどれだけ苦しんだかが中心となる。死者が愛国者として称賛される雰囲気は社会の一部にとどまり、戦争を否定することに重点が置かれる。

 勝者が記憶する戦争は肯定的に扱われ、敗者が記憶する戦争は否定的に扱われる。戦争を遂行した政権が敗戦後に人々により糾弾されて倒されることがあるように、敗者になると国家は揺らぐ。イスラエルとイランがともに「歴史的な勝利」を宣言し、戦果を強調して人心の離反を防ごうとするのは、そうしなければ政権維持がおぼつかないからだ。

 日本では戦争を語り継ぐことは、苦しみや悲しみを語り継ぐことに限られる。南京陥落を祝う提灯行列など当時の人々の高揚感を語り継ぐことはなく、敗者としての戦争の記憶を毎年、新たにしようとする。敗者としての記憶を伝承する作業は、戦争に対する否定的な感情を伝承することでもある。敗者としての戦争の記憶を伝承することは、戦争放棄の「平和憲法」を支持することにつながるだろう。

 敗者としての戦争を語り継ぐことだけを続けてきた日本の戦争観には歪みが生じている。日本が参加する戦争はこの80年間になかったが、世界各地で戦争は何回も起きている。それらの戦争に対し、「戦争は嫌だ」との感情的反応に終始し、戦争弱者に対する同情が現れても、休戦交渉などに日本が積極的に関与して、戦争のない世界の実現に日本が貢献するべきだ-などの世論は現れない。

 語り継ぐべきものが敗者としての戦争の記憶である限り、日本では戦争に対する忌避感が蔓延するだけだ。だが忌避感は情緒によるものであるから、日本が戦争に巻き込まれた途端に世論は一変し、戦う理由がある時には戦わなくてはならないと好戦的になる可能性がある。敗者としての戦争の記憶が、次の戦争を抑止することに日本は成功してきたが、世論は一変するものであり、情緒に頼りすぎる脆さを抱えている。

大盛りが嫌い

 ラーメンの食べ歩きに熱中していた友人は気が向けば、平日は仕事帰りにどこかのラーメン店に寄り、休日には午前中に1杯、昼過ぎに1杯、夕方に1杯、夜に1杯と食べ歩きを続けていたという。訪れた店を途中から記録するようになり、600店以上のラーメン店(町中華を含む)の評価・感想記を持っているそうだ。

 そんな友人は65歳を過ぎ、会社勤めも辞めてラーメン店の食べ歩きを毎日できるようになったが、「食えなくなった」と残念そうに言う。たまに昼に出かけても1軒のラーメン店で食べると、お腹いっぱいになり、夕食を食べる気が起きないことが珍しくなくなったそうだ。加えて、濃厚な味には美味しさを感じることが少なくなったという。

 「歳をとったということだな」と言ってやると友人は、「量を食べられなくなったのは年齢が関係しているだろうが、食べ歩き経験の蓄積で俺の味覚が洗練されて、本当にうまい店しか認めなくなったのだ」と強がる。食べ歩いたラーメン店を思い出して友人は「うまい店も凡庸な店も、時には俺の味覚に合わず、まずいとしか感じられない店もあった」が「ラーメンのまずさにも段階がある。まずいラーメンを食べることも食べ歩きの面白さだ」とする。

 そんな友人はテレビの食べ歩き番組にしばしば出てくる大盛りやメガ盛りメニューを批判する。「腹がいっぱいになればいいというのは、邪道だ。俺の食べ歩き美学に反する。同じ味を食べ続ける大盛りは、仕事メシには適してるが、おいしさを求める食べ歩きでは対象外だ。たったの一口でも、これはうまいと感じさせる味に出合うのが食べ歩きの醍醐味だ」と力説する。

 海鮮丼を出す飲食店が増え、テレビでは刺身を山盛りにした海鮮丼が紹介されたりするが、友人は「あれは刺身を乗っけているんじゃなくて、切り身を積み重ねているだけだ」と手厳しく、「本当においしい刺身を食べた経験のない連中が、山盛りの切り身を乗っけた海鮮丼をありがたがっている。刺身はガツガツ食うものじゃない」と冷ややかだ。

 体を使って働く人々やスポーツ選手ら量を食べることが当然視される人々がいるし、成長期の若者も量を食う。「若い頃、お前は大食いだった。腹いっぱい食べる喜びを忘れたんじゃないか」と聞くと、友人は「食べ歩きを始めたのは30代後半からで、目的は量ではなく質、つまり味だ。量が目的なら、わざわざあちこちに出向く必要はない。でも、腹いっぱい食いたいという人を否定しないよ。満腹感を得ることも食事の楽しみの一つだ」。

 続けて友人は「おバカな舌を持っている連中が群がるから、飲食店は堕落する。大盛りやメガ盛りメニューは量を増やすだけだから、手間隙かけて新しいメニューを増やすより簡単だ」と批判し、「食べ歩きの楽しみは味との出合いだ。大盛りメニューよりも半盛りメニューを増やしてほしいな。そうすれば、いろいろな味を楽しむことができる。けど店にとっては手間がかかる割に売り上げが上がらないので、半盛りメニューは広がらないだろうな」と話を閉じた。