望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

大使館を侵害

 エクアドルの首都キトにあるメキシコ大使館に4月5日、エクアドルの警官隊が強行突入し、エクアドルのホルへ・グラス元副大統領を逮捕・拘束した。同氏は汚職疑惑で逮捕状が出されていて亡命を求めて同大使館に逃げ込んでいた。暴徒となったデモ隊が不可侵とされる大使館を襲った事例は各国でもあるが、警察という公権力が大使館に踏み込んだのは異例だ。

 エクアドル大統領府は「エクアドル主権国家であり、いかなる犯罪者も野放しにはしない」と主張したが、メキシコは猛反発し、「元副大統領は迫害と嫌がらせを受け、難民として亡命手続き中だった」「これは明白な国際法違反でメキシコの主権に対する侵害だ」と主張、メキシコはエクアドルと断交し、エクアドル国際司法裁判所(ICJ)に提訴した。

 グラス元副大統領は昨年12月からメキシコ大使館に滞在しており、5日に亡命が許可された。グラス元副大統領は2017年にブラジルの建設大手が絡んだ汚職事件に関連して1350万ドル(約20億円)の賄賂を受け取ったとして禁錮6年の有罪判決を受け、釈放後の2022年に別の汚職疑惑で逮捕状が発行されていたという。

 犯罪組織が跋扈し、暴力事件や刑務所での暴動が頻発するなど治安が悪化しているエクアドルでは、学校は閉鎖されて授業はオンラインで行われ、2023年の大統領選では政府の汚職や組織犯罪を追及してきた候補者が銃撃されて死亡した。報道によると、豊富な資金力を持つメキシコやコロンビアなどの麻薬密売組織がエクアドルの組織と連携し、軍や警察を買収して各地の刑務所を麻薬取引の拠点にし、犯罪組織は各地の商業施設や公的機関、病院や学校に対しても「みかじめ料」を払うよう要求するという。

 メキシコも麻薬密売組織の活動が活発で、外務省HPは、複数の対立する武装麻薬組織(麻薬カルテル)や地元密着の犯罪グループによる「各組織間の銃撃戦や、政府・治安機関に対する襲撃等が頻繁に発生」し、活動地域は「主として北部国境地域や太平洋側の主要港湾、米国につながる内陸の主要幹線道路沿いの地域など」で、「麻薬の密造や密輸、密売等の麻薬関連犯罪や人身売買、誘拐、恐喝」に加え、みかじめ料(通行料や場所代など)の要求等と犯罪活動の幅は広く、大都市や観光地でも活動していると注意を呼びかける。

 大使館といえば4月1日、シリアの首都ダマスカスにあるイラン大使館に隣接する領事部がイスラエルに攻撃され、現地司令官ら13人が死亡したという。イランの最高指導者ハメネイ師は「わが本土への攻撃と同じだ」「邪悪な政権は過ちを犯した。罰せられなければならない」と報復を宣言、イランは14日、イスラエルへ多数のドローンとミサイルによる攻撃を行った。

 ジュネーブ条約第22条で大使館は不可侵とされている。不可侵とは、侵害( 他人の権利や利益を侵し損害を与えること)をしてはならないということ。エクアドルイスラエルジュネーブ条約を締結しているが、他国の大使館を公然と侵害した。国際的な批判が限定的だと見えるのは、国際秩序が揺らいでいるからか、国際秩序が建前に過ぎないことを各国が承知しているからか。両国の行為が放置されたなら、同様の行為に歯止めはなくなるだろう。