望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

民主主義と個人の自由

 ロシアの主権は今、プーチン氏にあるように見える。ロシア国内ではプーチン大統領に批判的な独立系メディアへの締め付けが強まるなど情報統制が強化され、政権内ではプーチン氏に反対意見を言ったり諌めたりすることができる人々がどれだけ存在するのか不明だ。政権内からプーチン氏に批判的な人々が排除され、プーチン氏に逆らわない人々だけが残ったと欧米メディアは報じる。

 ロシアでは、大統領も議会も自由な選挙によって民意を反映して選ばれているはずなのに、なぜプーチン氏という1人が主権を握って独裁していると見えるのか。考えられる制度的な問題は、①大統領職に強大すぎる権力を持たせている、②大統領職に対する議会や司法の牽制力が弱体、③議会や司法に対する大統領職の影響力が強いーなど権力相互の監視機能が弱いことだ。

 ロシア連邦憲法は2020年に大幅な改正が行われ、▽現職大統領の任期制限を撤廃▽国防・国家安全保障・内務・法務・外務などの大臣の任免は大統領が行う▽大統領に首相の解任権▽大統領に検察官の任免権限▽大統領は退任後も刑事責任や行政責任は免責ーのほか、▽国際法に対する憲法の優先▽領土の割譲を目的とする活動を禁止▽愛国主義保守主義などの価値観を強化▽在外同胞の権利保護・憲法と矛盾する国際機関の決定の不履行・内政不干渉などを新たに規定ーなどと変更された(当時の大統領はプーチン氏)。

 この改正により大統領職の権限は強化され、プーチン大統領は強力な権力を手に入れると共に、プーチン氏は2036年まで大統領を務めることが可能になった。1人の人間が強力な権限を持つ最高権力者の座に居座り続けることが確実なら、周囲の人間がおとなしく、ただ従うばかりになることは当然かもしれない。

 ロシア連邦議会は2院制だが、連邦院(上院)の議員は連邦を構成する各地の行政府などの代表で構成され、国家院(下院。定数450)の議員だけが政党比例代表制の選挙で選出される。2021年の下院選挙では、プーチン政権の与党「統一ロシア」が改選前より10議席減らしたが324議席を獲得、憲法改正に必要な3分の2以上を維持した。こんな議会にプーチン大統領に対する監視や抑制など期待できない。

 自由選挙で選出された大統領や議会が一体化すると、どんな法律でも成立させることができようし、思いのままの憲法改正も可能となり、法治国家の体裁も装うことができる。民主主義に必要不可欠な自由選挙が、権威主義体制の構築を助け、独裁者の出現を許す。自由選挙だけでは民主主義が機能しないことがあるとすれば、民主主義を機能させるために必要な何かが他にある。

 現在のロシアに欠けているものは、個人の自由だ。体制に従順な人々の自由は確保されていようが、体制に批判的で時には抗議行動する人々の自由が損なわれている。そうした人々の自由を違法とすることはロシアのような体制では簡単だろうが、自由になろうとする自由は法によっても失わせることはできない。政府も間違えることがあり、政府の間違いを修正できるのは人々だけだ。自由を求める人々がどれだけ存在するのかが民主主義を機能させるカギなのかもしれない。