望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

5つの基本

 雨が少しでも降ると「雨が降ってきたから皆さん、傘をさしましょう」としきりに呼びかけ、晴天の日が続いても「いつか雨が降ってくる可能性があるから皆さん、傘を持ちましょう」と呼びかけ続ける気象予報士がいたなら、鬱陶しいと多くの人が感じるだろう。いつ雨が降るのかを予報せずに、いつか雨が降る可能性があると警戒感を呼びかけるのは科学的な態度ではない。

 雨に備えて傘を常に持てという気象予報士の呼びかけは、善意に基づく注意喚起だとしても天気予報の本来の目的から外れている。雨が降るのか降らないのかを明確に予想するのが天気予報であり、また、天気予報に人々が求めるものであろう。常に傘を持てという天気予報士は自分の職責を果たしておらず、雨が降った場合の言い訳にはなるだろうが、無責任との誹りを免れまい。

 新型コロナウイルスに対する過剰な対応を終了してウイズ・コロナの日常に日本も移行することになったが、厚生労働省の専門家会合は、新型コロナウイルス感染症法上の位置づけが「5類」に5月に変更されたあとの感染対策について「5つの基本」として感染への警戒を呼びかけた。だが、それらの基本の対策が感染を何%減らすのか明確な数値は示されておらず、科学的な指針とするには疑念が拭えない。

 基本という5つは、▽体調不安や症状があるときは自宅で療養するか医療機関を受診する、▽場面に応じたマスクの着用やせきエチケットの実施、▽3密を避けることと不特定多数の人が集まる場所の換気、▽手洗いや手指消毒、▽健康状態に応じた適度な運動と食事。これらが感染対策に効果があるだろうことは素人にも判断できるが、専門家が集まって、この程度のことしか提言できない現実を見せつけられた。

 将来予測を科学的に行うためには確率に基づかなければばならない。専門家の主観による将来予測には客観性がなく、検証が不可能であるのだから、素人の思いつきと同レベルだ。「体調不安や症状があるときは自宅で療養するか医療機関を受診する」というのは専門家に提言されずとも誰でもが行うことだろう。こんな提言を行う専門家は日本人を相当低いレベルと見ているようだ。

 5つの基本を人々が忠実に履行したならば第9波は起きないのだろうか。5つの基本によって今後の感染拡大をどれほど防ぐことができるのか確率は示されていない。5つの基本はこれまでも言われていたことであり、それでも第8波などが起きた。第9波が起きるとする専門家もいると伝えられ、5つの基本は、これまでの感染拡大に無力だった専門家のアリバイづくりかもしれないな。

 厚生労働省の専門家会合は、なぜ第8波が収束したのかを分析して解明し、第9波が起きるのかの見通しを示すべきだった。それらを行わず(行うことができず)、5つの基本でお茶を濁すのでは、専門家会合の存在意義が疑われよう。それとも、今回の5つの基本をまとめるぐらいが専門家会合の「能力」なのだと理解すべきか。