望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

5つの仮説

 現象を観察し、その現象が起きた要因について合理的に説明する仮説を立て、その仮説の当否を客観的に検証するーこれは科学の基本的な方法だ。仮説は直感や思い込みなど主観の影響を受けるものだから、客観的な検証を経て、妥当であると確認されて定説となり共有される。

 科学は仮説に満ちているものだが、仮説と定説の見分けが曖昧だと混同して認識することになる。仮説を定説だと受けとる一般人は、科学者が言う仮説を、現実に起きている現象を正確に説明していると即断する。さらに、科学者が言う未来予測は仮説だが、そうした仮説を真実だと受け取る人々も多いようだ(未来については客観的な検証は不可能なので、未来予測は仮説にとどまる)。

 さて、日本で猛威をふるった第5波は終息したが、何が感染拡大を終わらせたのか。ワクチン接種者の増加が感染拡大を止めたと見られるが、確証は出ていない。第5波が終息した要因を正確に突き止めることができれば、第6波の対策にも役立つだろう。政府の感染症対策分科会の尾身会長は、新規感染者数が減少した要因として次の5つを指摘した。

 ①連休や夏休み、お盆休みなど感染拡大につながる人の移動が活発化する時期が過ぎ、感染拡大の要素(人の移動の増加)がなくなった、②医療が危機的な状態になったと広く伝わって危機感が共有され、人々がさらに感染対策に協力するようになった、③感染が広がりやすい夜間の繁華街の人出が減少した、④ワクチンの接種が進み、高齢者だけでなく若い世代でも2回接種を終えた人が増えた、⑤気温や雨など天候の影響で屋外での活動がしやすくなり、感染が起きやすい狭い空間での接触の機会が減った。

 これらは仮説であるが、専門家が集まっている政府の感染症対策分科会の見解にしては、素人でも思いつくような要因ばかりだ。それぞれの仮説について専門家なんだから仮説の根拠となる数字があるだろうが、そうした数字は報じられてはいない(報道の段階で数字を略したのか、そもそも根拠となる数字が示されていなかったのかは詳らかではない)。

 緊急事態宣言の終了後に全国で人の移動は活発化しているようなので、新規感染者が今後増加したなら①が正しかったことになる。医療体制の逼迫に対する人々の危機感が薄れることは当分ないだろうから、②であるなら、新規感染者の増加が再来することはないだろう(第6波が来たなら②は否定される)。

 緊急事態宣言の終了後に酒の提供規制は緩和され、夜間の飲食店の来客は増えるだろうから、③なら今後の新規感染者は増加する。④であれば、ワクチン接種者は拡大増加しているので今後の感染拡大は限定的であろう。⑤であれば、冬に向かって気温が今後下がり、屋外での活動は減るので新規感染者は増加する。

 第5波が終息した要因が明らかになれば、第6波を制御できるかもしれない。尾身会長が指摘した5つの要因には専門家の叡智はあまり感じられないが、それは専門家もCOVID-19には無力であることを示す。仮説も様々で、すぐに消え去るものもあれば厳しい検証に耐えるものもある。5つの仮説は、これから感染増加があるかもしれず、厳しい検証に試される。