望潮亭通信

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撤収できない米軍

 米トランプ政権がアフガニスタンタリバンと和平合意を結び、今年5月1日までの米軍撤収を明記したが、バイデン大統領は5月撤収について「厳しい」とした。和平合意に対する批判ではなく、アフガン政府とタリバンとの停戦協議が難航する一方、タリバンと政府軍の戦闘が続き、自爆テロなどもあって治安が悪化する状況を踏まえた発言だ。

 米軍撤収を急いだ和平合意だったが、アフガン政府は弱体で米軍抜きの自力での治安維持は困難なため、タリバンの協力が不可欠だった。停戦協議で優位に立つことを狙ってタリバンは政府軍に対する攻撃を各地で強め、すでにアフガン全土の半分を押さえているとされる。米軍の削減が進む中で、実力で勢力圏を拡大したタリバンがアフガン政府との停戦協議で妥協するはずがない。

 アフガン政府との協議でタリバンは、イスラム法に基づいた統治体制の構築などを主張していると報じられた。かつてタリバンイスラム法に基づく厳格な統治で知られたが、現在の支配地でも同様で、音楽を禁止するなど人々の締め付けを強めているという。一度はタリバン政府を崩壊させた米国は、多大な費用と軍人の損傷を重ねた後にタリバンの政権復帰を容認する。

 米軍を再び増派する選択肢はないが、タリバン単独のアフガン支配は容認できないバイデン政権は、タリバンを交渉に留めなければならない。米軍撤収後のアフガン和平に向けバイデン政権が行った新たな提案は、①米露中印パとイランを加えた和平協議を開催する(3月18日に露が中パと米も加え協議を開催し、アフガン政府とタリバンに直ちに停戦するよう呼びかけた)。

 さらに②アフガンの憲法作成や統治体制の案を米国が作成して提示、③アフガン政府とタリバンが国外で会談する、④90日間の暴力削減期間を設ける、⑤5月の米軍撤収を延期ーなど和平合意の修正に動いた。米国が憲法や統治体制の案を示すのは、アフガン政府とタリバンの統治者能力を見限ったということだが、統治者能力に欠ける勢力に任せるしかないのが現実だとすれば、和平合意が成立したとしても脆さは残る。

 脆さとは、米軍が撤収すればタリバンは自力でアフガン全土の制圧にいつでも動きかねないことだ。米軍という「重し」がなくなった状況でタリバンの動きをどう封じるかが和平協議のポイントだが、自力で単独政権を狙えるタリバンに和平協議で譲歩を求めることは簡単ではない。米国などが監視するアフガン政府とタリバンの暫定政府ができたとしても、実権はタリバンが握る。

 バイデン政権は米軍撤収を6カ月程度遅らせる方向で調整しているとの報道もあり、5月1日までの撤収の可能性は低い。圧倒的な武力でタリバン政権を倒し、アフガンを占領した米軍だが、アフガンの統治に失敗し、今になって「後は勝手にしろ」と投げ出すこともできず、体裁を整えてから引き上げようと難儀している。アフガンは、紀元前から多くの王国や帝国に代わる代わる支配されたり、自力で何度も王朝を起こしたり、侵略軍と戦ったりと戦いの歴史を積み重ね、米国よりもはるかに長い戦いの歴史を有する。