望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

トランプ氏の最後っ屁

 米議会が可決した9000億ドル(約93兆円)の新型コロナウイルス対策法案にトランプ大統領は署名し、同法案は成立した。署名を拒否するとトランプ大統領は言い、現金給付額の1人最大600ドルは少ないとして2000ドルに引き上げるよう主張していたのだが、政府予算の期限切れが迫り、1200万人分の失業給付の特例措置が失効したことなどから態度を一変させて同法案を成立させた。

 退任間際のトランプ大統領に議会も人々も振り回された格好だが、大統領選での敗北を認めていないトランプ氏が静かにホワイトハウスを去るかどうか定かならず、といって居座ることはできないので、大統領でいる間に何をやるか予測がつかず、イタチの最後っ屁めいた奇策の乱発があるかもしれないと懸念する向きもいるそうだ。

 大統領選の「不正」を裁判で争うことが困難な情勢になってからトランプ氏は恩赦や減刑を連発している。その対象は、娘婿の父親や元側近、支持者ら自分に近い人物だ。ロシア疑惑関連で有罪になった連中が獄中から「救出」されたりしている。さらにトランプ氏は、自分や家族に対する予防的な恩赦を検討しているとの噂も根強い。予防的な恩赦は、大統領退任後にも罪に問われないためとか。

 自分や家族に対する予防的な恩赦を検討しているとすれば、①法に抵触する行為が存在したと意識している、②法に抵触した行為が存在したかもしれないと懸念している、③自分を標的にした報復的な法の適用が行われると心配している、などの理由が推察できる。ホワイトハウスを去れば司法当局に影響力を及ぼすことはできないだろうから不安は増すばかりか。

 トランプ大統領の誕生は米国の民主主義の不安定さの反映だとの見方があるが、誰でも大統領になることができることを示したのだから米国の民主主義は健全だ。問題は、政治家の適性を有しない人物や政治家にしてはならない人物をも普通選挙では当選させることであり、主権者の選好を制限する仕組みが弱いのは民主主義の弱点で、優れた人物だけを選出する仕組みは民主主義にはない。

 トランプ大統領は既存の政治システムの部外者であり、政治家として不適当な人物でも大統領職は務まると実証したが、国内外で大いに既成の秩序を掻き乱した。それは変化を促進させ、ある種の新風を国内外の政治に吹き込んだが、既成秩序の崩壊を促し、特に国際秩序の不安定化を可視化させ、中国をはじめ帝国主義的な拡張政策を隠さない諸国の出現を許した。

 トランプ大統領の功績は様々あるだろうが、歴史的な評価は、現在進行中の国際秩序の変化が一段落ついた後になるだろう。米国は衰退したからトランプ氏を大統領に選んだのか、まだ活力があるからトランプ氏を大統領に選んだのか不明だが、トランプ氏のような人物でも大統領になることができるのは米国政治の懐の深さであることは間違いない。