望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

妙な現実味

 米国で今年11月3日に大統領選挙の投開票が予定されている。例年なら、民主・共和の両党が選挙集会を各州で相次いで開催し、支持基盤を固めるとともに、支持拡大を求めて大統領候補者たちが激しい舌戦を繰り広げる。だが、今年は新型コロナウイルスの感染拡大で両陣営ともに「自粛」を余儀なくされ、例年とは様変わりだ。

 経済が好調だったことから現職大統領のトランプ氏の再選が確実そうに見えていたが、感染拡大とロックダウンなどで経済活動がほほ停止し、失業率が跳ね上がったことなどから再選の行方は不透明になった。世論調査ではトランプ氏への支持率が低下して民主党候補のバイデン氏に逆転され、感染拡大に適切に対応できなかったこともあって支持率の差は開きつつあるという。

 だが、世論調査の結果に左右されるようなトランプ氏ではない。バイデン候補の支持率がトランプ氏を14ポイント上回ったとするCNNテレビに対してトランプ陣営は「フェイクだ」とし、訂正と謝罪を要求したという。世論調査の結果をもフェイクだとする感覚は、事実に反するからフェイクだというのではなく、気に入らないものをフェイクとして批判・否定する感覚だ。

 1つのポストを2人が争う選挙戦では互いに激しく攻撃し合うものだが、トランプ氏の攻撃姿勢は際立っている。相手に対する尊敬を装わず、相手の尊厳を平気で傷つけるようなトランプ氏の言動もあって、その攻撃姿勢は見苦しくも映るが、支持者にはウケるようだ。分断を煽り、敵と味方を分け、敵への攻撃を強めることで味方の支持を固める戦略だが、分断のタネは内外に多いので、次々と敵を設定して攻撃することで分断を増やし、支持者も増やす。

 そんなトランプ氏が11月の大統領選挙の前に候補を降りるとの噂が米国で出ているという。再選の見込みがないとハッキリすれば、負ける姿をさらすだけの選挙戦に興味を失い、「や〜めた」と投げ出しかねないと共和党陣営でささやかれ始めたとか。この噂をトランプ氏が「フェイクだ」と否定したというニュースはまだ伝わっていない。

 投票による選挙の結果は、候補者の主観で誤魔化すことはできず、「フェイクだ」と批判したところで米国での選挙結果が変わるわけではない(ロシアなどでの選挙結果に対しては、不正があったと批判できようが)。自尊感情が強いとされるトランプ氏が、「スリーピー・ジョー」とさんざん嘲笑ってきたバイデン氏に負けることが明確になれば、それでも選挙戦を続けてトランプ氏が潔く敗者を演じることができるのか。撤退話に妙な現実味がある。

 前任のオバマ氏以上にトランプ氏は「チェンジ」を実現した。いくつもの国際的な取り決めを破棄し、国際機関から脱退し、移民の流入を制限し、メキシコとの国境に壁を建設し、所得税法人税を減税し、エネルギー資源開発の規制を緩和するなどで、確かにトランプ大統領は変化をもたらした。そうした変化の評価はさておき、トランプ大統領の変化の実行力は、敵とみなした側への配慮を放棄したことにある。撤退を決断するときにもトランプ氏は、自らの陣営に対する配慮など一顧だにしないだろう。