望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

最高権力者の自由な表現

 支持者が連邦議会議事堂に乱入した事件の後、「暴力をさらに誘発する恐れがある」として米ツイッター社がトランプ大統領の公式アカウントを永久に停止した。トランプ氏は大量のツイートによって支持者にメッセージを届けていたが、アカウントの永久停止と落選による表舞台からの退場で影響力は時とともに減退することは避けられまい。

 事実にこだわらず一方的な主張や見解を撒き散らしていたトランプ氏はツイッターを効果的に活用していた。そのツイッターから排除されたのだから、トランプ氏の表現の場が狭められたことは確かだ。しかし、自分に都合が悪い報道はフェイクだとし、選挙に負けたから不正があったと騒ぎ、支持者に議会に行けと促したトランプ氏の表現の自由は、議会議事堂への乱入が現実の出来事となっては、米国社会の許容度を超えているように見えた。

 異議申し立ての声は欧州から上がった。独メルケル首相は「自由な意見表明の権利は重要」だとツイッター社を批判し、規制は「国や裁判所が行うべき」と仏ルメール経済・財政相。トランプ氏を擁護する意図ではなく、表現の自由の規制や制限は国家が法に基づいて行うことであり、企業の判断に委ねるべきではないという主張だった。

 欧州からの批判は一考に値するが、国家権力に対する信頼度が低い社会では、国家による表現の自由に対する法規制は人々に警戒されよう。さらに、人々の表現の自由を国家が細かく規制し、ネットの投稿を厳しく監視している中国のように、思うままに政府が法を制定できる国では、表現の自由はどのようにも規制でき、表現の自由は形骸化する。

 欧州の政治家は「表現の自由」に議論を拡大したが、今回考えるべきは、トランプ氏のような最高権力者における表現の自由とは何か、である。会見を開いたり、テレビなどへ出演したりと最高権力者は主張を述べる場を多く持つ。質問や反論を排除して一方的に主張を述べることも可能だ。最高権力者に最大限の表現の自由が担保されている世界では、最高権力者と一般の人々の表現の自由は同じものではない。

 最高権力者の情報発信は私的なものではなく公的なものであり、最高権力者は従来、ツイッターなどで個人的な情報発信は行わなかった。最高権力者がうっかり、政府の政策に反するツイートをしたりすると混乱を招く懸念があるからだろうし、誰と親しいとか、よく行く飲食店のこととか、何かを批判したりなど最高権力者の私的な情報発信の影響力は大きく、また、政治的に利用されかねない。

 トランプ氏は最高権力者であったが、その振る舞いは公人よりも私人を優先させ、情報発信も私的なツイッターを活用した。公的に振る舞うべき最高権力者が私的に振る舞うと、いかに混乱が生じるかをトランプ氏は示してみせた。権力は強力な情報発信力を持つが、さらに最高権力者による私的な情報発信も許容されるなら、最高権力者は個人独裁者に似てくるだろう。最高権力者には私的な表現の自由は必要ない。