望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

乱入してしまった

 米国の首都ワシントンにある連邦議会議事堂の建物に、大勢のトランプ大統領の支持者が乱入した。トランプ大統領の支持者らが議事堂に押しかけたのは午後1時すぎで、上院の議場から午後3時半ごろ警察により排除され、議事堂の建物からは午後6時半過ぎに完全に排除されたという。

 議会ではこの日、民主党バイデン氏の大統領選当選を認証する選挙人投票が行われ、バイデン氏の当選が確定するはずだった。「選挙が盗まれた」と主張し続けるトランプ大統領は午前の集会で「弱さでは私たちの国を取り戻すことはできない。強さを示さなければならない」「議会に行進し、勇敢な上院議員と下院議員を激励しよう」と呼びかけ、支持者は連邦議会議事堂へ向かって動き始めた。

 集会に集まったトランプ大統領の支持者に議事堂乱入の事前計画があったのなら、武器など装備を用意していただろう。報道された多数の映像からは、そうした準備があった様子は見えない。トランプ氏の言葉に促されて議事堂に向かい、緩い警察の警備をつい押し破って乱入してしまったというのが実際か。映像からは、議事堂内でスマホで写真を撮りまくっている人々が多くいて、その写真をSNSにアップした人も多いとか。

 トランプ大統領の支持者が求めたものはトランプ氏の続投だが、それには大統領選の「不正」を証明しなければならない。トランプ氏も支持者も「不正が行われた」と主張するだけなので、選挙結果を覆すことはできず、任期切れは目前に迫った。「不正が行われた」から選挙に負けたのではなく、選挙に負けたから「不正が行われた」と主張しているのだから説得力は希薄だ。

 敗北を最後まで認めず、抵抗を続ける政治家は世界では珍しくなく、負けた側は選挙で不正が行われたと主張する。実際に不正があったかどうかは様々だろうが、各国の強権で独裁的な政治家が勝ち続ける選挙には不正の匂いが漂う。民主主義的な価値観を尊重していると見えないトランプ氏が、不正が行われて選挙に負けたと言うのは、米国の民主主義がまだ機能している証か。

 トランプ大統領の支持者がトランプ氏を通して見ているものは、既成の政治エリートらに支配されている米国政治の組み直しと既得権益構造の解体だろう。彼らに議事堂自体が既成権力の象徴と映ったなら、尊敬に値せず神聖でもないと見なし、「不正を訴える」との彼らにとっての大義名分に支えられ、つい議事堂に押し入ることも辞さなかった。トランプ氏の退場で、支持者らの思いは今後どこに向かうのか(あるいは、切り捨てられるだけか)。

 今回の行動でトランプ氏や支持者が得たのは、反民主主義的で反社会的であるとの評価だ。反民主主義的で反社会的であっても多様な主張が許容されるのは自由な社会だが、負けた側が選挙の不正を言い立て、支持者が議会に乱入するのでは、米国は今後、民主主義を世界に向けて振りかざすことが制約される。民主主義を口実に他国に介入できなくなると米国は、いっそう孤立主義に傾きそうだ。