望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

壁としての国境

 新型コロナウイルスが「壁」としての国境を復活させた。ドイツは隣接するフランス、スイスなど5カ国との国境で検問を始めた。通勤など以外での外国人の入国を規制し、感染者が入国する可能性を最小にする。物流は規制しないとするが、これは人的な国境封鎖だ。

 欧州諸国はシェンゲン協定により国境での入国審査を撤廃して人の自由な移動を実現していたが、新型コロナウイルスの感染拡大が欧州で加速し、各国は次々に国境での管理を復活させている。人の自由な移動がイタリアなどから感染者を欧州諸国に拡散させたとの指摘もあって、急速な感染者増加に直面するドイツなど各国は国境を封鎖せざるを得なくなった。

 さらにEUは感染拡大を抑制するためとして、第三国からEUへの渡航を30日間原則禁止する。自由な人の移動はEU内でも失われはじめ、EU外からの入域をも制限する光景は、EUの理念や存在意義の後退に見える。地域統合新型コロナウイルスの感染拡大で否定され、個別国家の主権の回復で感染拡大に対応している格好だ。

 人の自由な移動を制限するのは欧州のみではない。米国は欧州諸国からの入国を禁止し、感染者の増加はまだ穏やかなアルゼンチンなど南米の諸国も国境を封鎖し、欧州などから外国人の入国を制限した。陸路でも空路でも海路でも人の移動は世界で制限され、開かれた世界から、国境で区切られた世界に戻りつつある。

 20世紀末から、国境を超えて人や資金、モノが自由に移動するグローバリズムは進展し、世界の一体化は進む一方で、国境の意味は薄れていくばかりとの印象だったが、新型コロナウイルスが国境を復活させた。自由な人の移動にはリスクが伴い、それは時には制御困難にもなることが現実として示された。

 国境の復活は主権国家の復活でもある。パンデミックに対応する司令塔にはWHOがふさわしいだろうが、頼りなさが如実に示され、米国にも諸国をリードする力はなかった。各国は国家主権を前面に、国境を封鎖し、人々の外出を制限し、飲食店や小売店などを閉めさせ、集会やイベントなどを禁止して感染拡大を遅らせるしか対応策は残っていない様相だ。

 「ウイルスがグローバル化を逆回し」てな落首が世界の経済都市のどこかの壁に書かれるかもしれない。グローバリズムを色あせさせ、主権国家の存在を回復させた新型コロナウイルスは、人間に対する脅威であるとともに、人間が構築した諸々の制度や仕組みを揺るがす威力を持っていた。主権国家が強権を振るうしか対応策がなくなった世界で、国境の復活は国家による人民支配の強化にも見える。