望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

絡めとられる

 地中海というと、スペインやイタリア、フランス南部などに多くのリゾート地があり「欧州の海」というイメージが強いが、それは地中海に関して欧州発の情報量が多いためだろう。地中海の東側にはアラブ世界があり、地中海の南側にはアフリカがあり、西側では大西洋につながり、東側では黒海につながる。地中海は重要な交易路である。

 この地中海が、アフリカ大陸やアラブ世界から欧州へ向かう移民・難民の移動ルートになっている。リビアなど破綻した国家が増え、シリアなど内戦状態の国も増えたため、逃げて来た多くの人々が海を渡る。ボートに乗ったり、老朽化した貨物船にすし詰めになったりして欧州へたどり着こうとするが、途中で行方不明になる人も多いという。

 政治的に安定した国に住み、経済的にも困窮していないなら、外国に移り住もうとする人は少ないだろう。だが、治安を維持できないほど政府が弱体化する一方、武装勢力が活発に活動し、経済活動が停止したような国ならば、逃げ出す人が続出するのは自然だ。とはいえ、国家の枠から勝手に抜け出る人間は歓迎されない。

 周辺国の難民キャンプなどに止まっているかぎり、国際社会の支援や同情の対象となるが、ひとたび“自由意思”で欧州などを目指して動き出した人は、受入国側からの管理や規制の対象となる。国家の枠から抜け出した人間も、別の国家に絡めとられるのであり、破綻した国家から逃げ出した人が目にするのは、国家の“壁”が立ちはだかる世界だ。

 人は国家に縛られつつ、国家から保護も受けているが、一方的な隷属関係ではない。ある国家が衰弱したり、破綻して人々を保護することができなくなった時に、人々がその国家を見限ることは当然だ。だが、人々が新たな国家を形成することができず、内戦状態になって、ただ逃げ出すしかないのなら、国家の破綻のツケを、そこに住む人々が払わされていることになる。

 人々が主権者であるなら、逃げ出さざるを得ないような破綻国家にしない責任がある。が、アラブやアフリカで噴出しているのは、主権者意識などを形成する歴史的な経緯が欠けたまま形成された国家に、人々が持つ帰属意識は弱いということだ。

 言い換えれば、欧米諸国が勝手に引いた植民地の線引きを、そのまま国境として独立した国家が崩壊した時に、そうした国家を人々は簡単に見捨てる。そもそもの国家形成に必然性も正当性もなく、独立後に強圧的な統治の国家が多かったことも、簡単に見捨てられる要因なのかもしれない。

 アフリカやアラブの破綻した国家を脱出して人々が欧州に向かうのが、欧州が過去の植民地支配のツケを払わされていると見えるのは、歴史の皮肉か。欧州は過去に植民地支配した地域で影響力を保ち続けているのだから、そうした地域での破綻国家に応分の責任があろう。欧州はアフリカやアラブの旧植民地からの難民を受け入れざるを得まい。