望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

門は開いた

 1990年代に日本では、中国から漁船などを使った集団密航が増加し、上陸地点は全国に広がった。その多くは、中国の「蛇頭」と呼ばれる密航業者が日本の暴力団や韓国の密航組織と手を組み、沖合で中国船から日本船や韓国漁船に中国人密航者を乗り換えさせたりして、日本に上陸させた。だが中国の経済成長で、偽造旅券を使用した航空機による入国などへと密航方法は、より「安全」なものへと変化した。

 数年前から、船を使った密航が急増しているのは地中海。アフリカ側のリビアから、びっしり詰め込まれた密航者を乗せた漁船や貨物船がイタリアなどに向う。2014年には約22万人(前年の4倍)がEUに到達したが、3500人以上が溺死したという。

 アフリカ側で密航業者が船を仕立てて密航者を送り出しているのだが、イタリアなどに組織的な受け手はいないようで、船上から密航者が電話でイタリア沿岸警備隊に救助を要請したりするという。人道的な配慮からEUが移民や亡命希望者を受け入れざるを得ないことを密航業者は利用して、「押し付け」れば何とかなると密航させているのだが、これは歴史の皮肉だ。

 密航希望者は、シリアなど内戦が激しい国や、ソマリアやナイジェリアなど貧困、腐敗に加え武装過激派が勢力を伸ばす国からリビアにたどり着いて、EUを目指す。リビアの治安が保たれていれば、リビアは密航業者の拠点にならなかっただろうが、カダフィの強権支配を武力で倒すことを大いに助けたのは欧州だ。国家を形成する自発的動機が希薄な社会では、強権支配のタガがはずれれば、混沌だけが残る。

 これは欧州がツケを払わされているともいえるが、さらに、シリアなど中東諸国やナイジェリアなどアフリカ各国は欧州の植民地だった。現在の国境線は、かつて欧州各国が勝手に定めたものでしかない。植民地支配で大いに儲けたのだから欧州は、かつての植民地の人々が苦しんでいることに責任がある。

 だから「欧州人は救いを求めてきた人々に寛容に対応できなければ、自らを文明的と呼ぶことはできない」などと欧州メディアは、難民の人権尊重に基づき移民流入に対応すべきだなどと主張する。しかし、急増する移民をEUが欧州各国に割り当てて引き受けさせようとしても、反対したり消極的な国が多い。それどころか、軍事作戦でリビアなどで船を破壊することを打ち出した。

 EUが中東やアフリカからの移民を歓迎していないのは確かだ。他国に対しては人道主義を振りかざして批判するEUは、移民急増を「安全保障上の危機でもある」と言い出し、その収益の一部がテロ活動にも充てられているなどと主張し始めた。アフリカなど非欧州からの移民流入制限を正当化する口実かもしれない。

 危険は伴うが、船で地中海を渡れば、自由で人権が尊重される(はずの)世界がある。その世界に既に大勢が受け入れられた。門は開いた。後は、船に乗るだけだ。かつて欧州の植民地だった国々で、内戦や貧困、腐敗、圧迫に苦しむ人々が欧州を目指すのは、歴史的に見ると、何らかの正当性がある行動かもしれない。