望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

赤いカラス

 ある人物(A)が「赤いカラスを見た」と言った。他には誰も赤いカラスを見た人はおらず、見たとAだけが言っている。この場合の事実とは、Aが「赤いカラスを見た」と言ったことであり、赤いカラスの存在が事実であるとは確認されていない。しかし、マスメディアがAの言ったことを報じるなら、赤いカラスの存在が事実であると受け止める人が出てくる。

 このAが、例えば、大学教授だったり高級官僚だったり有名企業の役員だったり弁護士だったり、社会的に信用があるだろう地位にいる人物なら、虚偽を言うはずがないと大方の人は受け止めるかもしれない(虚偽と判明すれば当人に対する信用性が失われ、地位に関わってくる可能性がある)。

 さらに、マスメディアが報じることでAの発言の信憑性が増す。マスメディアは事実確認をしてから報じると見なされているので、Aが言った内容を確認したからマスメディアが報じたと受け止める人もいよう。マスメディアが確認した事実は、Aが確かに発言していたことだけだったとしても、Aの発言の内容に信憑性があるからマスメディアが報じたと見られる。

 失言を批判するなら、その人物が発言していたことだけを確認すればいいだろうし、発言の内容をマスメディアが肯定していないとも受け止められよう。だが、「赤いカラスを見た」類の発言を報じることは、そのニュース価値が高いとの判断とともに、発言の内容をもマスメディアが保証することになりかねない。

 「赤いカラスを見た」とAが言ったとマスメディアに取り上げられると、「赤いカラスなど、いるわけがない」との関係者の反応が続いて取り上げられたりする。赤いカラスが存在しても存在しなくてもマスメディアは報じるので、赤いカラスの存在が事実であるかどうかからマスメディアは距離を置くのだが、それを誰もが理解しているわけではない。

 人間の身近で生息するカラスに赤い個体が存在しているのなら大発見であり、存在が確認されたのなら、マスメディアが報じる価値があろう。しかし、赤いカラスを見たと言うAがいるが、他には誰も見たことがないなら、事実は確認されていないという位置付けになる。マスメディアが音頭をとって、「赤いカラスを探せ」キャンペーンでも行うか。

 「赤いカラスを見た」と組織や団体、機関などが主張し、他の組織や団体、機関などが「赤いカラスなど、いるわけがない」と否定することもある。こういう時にマスメディアは、「赤いカラスを見た」と主張する組織や団体、機関があるとの事実を報じたり報じなかったり、対応は様々だ。組織や団体、機関とマスメディアの親密度が影響するのだろう。