望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

熊との付き合い

 山菜やタケノコを採るために山林などに入った人が熊に襲われるという事件は毎年、各地で起きている。熊は臆病な動物で人間を恐れるから、人間がいることを熊に知らせると、警戒した熊が近寄って来なくなるので、鈴やラジオなどを携帯して音を出すことが有効な対策だとメディアや行政は注意を喚起してきた。

 ところが数年前、秋田県の山林で熊に襲われて死亡した人が、複数の熊よけの鈴を身につけていたことが明らかになり、調べると以前に何回も、熊よけの鈴を身につけた人が熊に襲われて負傷したり、死亡していたことが明らかになった。熊に人が襲われた事故を報じるたびに、音を出すものを身につけるように注意を促していたメディアは、役に立たない情報を垂れ流していたか。

 人の話し声を聞いただけで熊は警戒して逃げていくから、複数で常に声を出しながら行動すべきだと説明する研究者がいるが、熊に襲われた人が山林などでの行動時に声を出していなかったとは確認されていない。音や声を出していたのに熊に襲われた可能性は排除できず、そうなると、話し声によって複数の人間の存在を熊が察知して逃げる場合があるだけだと理解したほうがいい。

 人間の存在を警戒する熊は、人間が1人の時には襲うことがあり、複数の時には警戒して逃げていくのだとすれば、鈴やラジオなどを携帯して音を出すことが有効な対策だとの根拠が揺らぐ。おそらく、経験則によって有効な対策だとみなされてきたものの、熊を相手に検証されたことがない対策だったのだろう。

 別の可能性としては、過疎化や高齢化で耕作放棄地が増え、熊を含む野生動物が人と遭遇する機会が減る中で、熊の世代交代も進み、人に警戒心を持たない個体が増えてきたと考えられる。加えて、狩猟文化が衰退し、人に狩られることが少なくなったので熊はさほどの警戒心を人に対して持たなくなったのかもしれない。

 さらに以前、秋田県鹿角市で熊に襲われて4人が死亡したが、近くで駆除された熊の胃から人体の一部が見つかった。人に対する警戒心が弱くなった熊が、遭遇した人を襲って殺し、食べたのだとしたなら、熊にとって人間は無防備な生物に見えるだろうから、人を狙うようになる可能性がある。人を狙う熊にとって、鈴などの音が人の存在を教えてくれるのなら音を追うだろう。

 熊を駆除して絶滅させれば、人がどこの山林に入っても安全になるだろうが、種の保存という理念が確立しているので、熊を絶滅することは政治的に不可能だ。つまり、人と熊は共存していくしかなく、人の方で先に熊の存在を知って逃げるしかない。そのためには、嗅覚が鋭い犬を活用し、潜んでいる熊を犬に察知してもらい、熊との遭遇を避けるのが現実的な対策だろう。