望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

オープン,ジャパン!

 イジメ問題で「イジメをなくそう」と政府は、いじめた者への罰則強化などの対策を言い出したりするが、イジメは最近になって始まったことではなく、学校内だけで起きていることでもなく、日本でだけ起きているわけでもない。イジメは人間社会につきものの問題だと見るなら、イジメを「起こさない」ことではなく、起きた時に「どう対応するか」がポイントだと分かる。イジメをなくそうと言い立てることは、現実を直視せず、理想に現実を当てはめようとしているだけである。つまり、有効な対策にはつながらない。


 かつてのイラク戦争で日本政府は、米政府が行っていることに「どう対応するか」と右往左往していた。しかし、イラク戦争は米政府などの判断で始まったことであり、イラク戦争を「始めない」との選択肢もあった。イラク戦争について日本政府は独自にその是非を判断し、その考えを世に問うこともできた。対米従属ありきではなく、状況は変えることができるのだと認識できるかどうかがポイントだった。


 「対策」を考えるべき時に「是非」を考え、「是非」を考えるべき時に「対策」を考える…日本政府は判断を間違えることが多い。同じことは少子化対策にもいえる。出生率を上向かそうとするなら、出産・子育てしやすい社会になるよう整備すべきで、婚外子でも積極的に社会に受け入れる母子家庭支援の施策も必要となろう。政府が号令をかければ「健全な家庭」の国民は子を産むなどと考えるのは時代錯誤でしかない。
 

 少子化は、今後の社会をどうとらえるかの問題である。人口が減少する社会に対応するか、人口を増やしていく社会にするか。日本の人口が減り、それにつれて経済力も低下し、年金制度なども破綻し、国家財政も含め莫大な「借金」に人々がつぶされるしかないと諦める選択肢は政府には持てまい。どうやって日本社会で人口を増やすか。政府が号令をかけても出生率は上向くまい。そうなると、世界的には人口は増加しているので、移民を考えざるを得ない。


 単一民族幻想が残り、同質化圧力が強い日本社会に移民をどのように受け入れていくか。だいぶ前だが朝日新聞で3人が論じていた。その要旨は次のようになる。


 坂中英徳氏(元東京入国管理局長)は、1)今後一定数の外国人は政策的に受け入れざるを得まい、2)外国人労働者ではなく移民の受け入れこそ検討すべき(定住促進型の外国人政策への転換)、3)人材育成型の移民政策を採るべき。最後に、中国人留学生への日本国内での支援がなかったことや、日系ブラジル人の劣悪な生活状況を指摘し、「日本は外国人に、夢も希望も与えてこなかった」として経済界の言う外国人労働者受け入れ拡大は,使い捨てだと警戒する。


 藻谷浩介氏(日本政策投資銀行参事役)は、1)今後10年で20~59歳の労働力人口は700万人減る。過去10年に日本で増えた登録外国人は60万人。700万人の半分を外国人で補おうとすると従来の7~8倍のペースで受け入れる必要がある、2)日本国内での外国人の生活にひずみが出ており、放置するとフランスのように疎外された人たちが問題を起こすことにもなりかねない、3)若い外国人労働者は母国に仕送りをするので国内消費に対する波及効果が低い、4)中国でも少子化が進み、労働力不足が深刻化し、海外の中国人が中国に戻り、日本には来ない、5)日本の労働者不足は女性の就労で補うべき(専業主婦は健康保険や年金制度の中におり、日本語もできるなど、外国人労働者に比べて新たなコストがかからない)とし、「女性が結婚後も働くことが有利になる制度をつくればよい」とする。


 宮島喬氏(法政大教授)は、1)60万人ほどの外国人が働いており、開国状態と言える、2)実態は、単純労働に就くことを実質的に認める迂回ルートを作り,偽装受け入れである、3)来日した日系人は滞在が長期化しているが,日本政府は社会的受け入れ制度作りに背を向け、その影響は深刻(子供の教育など)、4)人口減により、単純労働者を含めて受け入れを拡大していくことが現実的な選択、5)定住を前提に社会の一員として受け入れる移民社会を覚悟し、制度を整えていく、6)フランスでは、国籍を取得できても現実には移民差別があった、7)「『日本人』の多様化」が必要、とし、様々な違いを持った人が日本人の定義に穏やかに包含され、様々な『○○系』日本人が共生していける社会を「今から作り上げていくべきだ」とする。


 アメリカはもとより欧州でも移民社会化が進んでいる。日本文化が国境を越えて世界の人々に共有された今こそ、日本がオープンになり、日本を好きな人々を世界から受け入れて、様々な人々で形成する新しい日本を作っていくチャンスだ。