望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

懐メロ番組でも口パク

 歌謡曲のファンだがJ-POPには興味がないという友人は、歌謡曲をたっぷり聴くことができる懐メロ番組のファンだった。酒を飲みながら往年のヒット曲を聴いていると、気持ちがのんびりして来て、「こいつ、すっかり老けたな」とか「歌がうまい。やっぱり、圧倒的な歌唱力はプロならではだ」などと勝手なことを言いながら楽しんでいた。

 その友人が怒っている。酒を飲みながら見るので、細かいところは気にしていなかったそうだが、ふと、ある女性歌手は歌がうまく、若い頃とほとんど変わらない歌唱であることに気づき、「大したものだ」とTV画面をよく見ると、何か違和感がある。「口パクだ」と友人は、すっかり興醒めしてチャンネルを変えたという。

 懐メロ番組に口パクが必要なのかと友人は問う。出演させなければ視聴率に影響する……なんて懐メロ歌手はいないだろうし、過去にヒット曲を出した歌手は大勢いるから出演者の選択にも苦労はなさそうで、頭数を揃えるために「もうプロレベルで歌えない」懐メロ歌手を無理に引っ張り出す必要もないだろうと友人。

 友人が怒るのは、口パクが大嫌いだからだ。音響設備が設置できない場所で歌うという演出なら口パクもやむを得ないだろうが、歌番組のステージで、しかもバックには生バンドが控えている状況での口パクに友人は「視聴者に対する裏切りだ。まともに歌えない連中は番組に出すな」。

 ダンスを見せるために口パクにする歌手・グループ(最近はアーティストと呼ぶらしい)が最近は多くなったが、幼さが残る少女をアイドルに仕立て、歌は口パクでごまかす手法が流行っていた時代があった。いずれも、歌唱を聞かせることより見せることを優先する演出だ。まあ、じっくり聞かれると「つまらねえ歌だ」とバレるから、ダンスや見た目の可愛らしさでごまかすしかなかったか。

 懐メロ番組にも口パクが以前から存在していたのではないかと友人は疑い始めた。懐メロ番組は年末と盆=大半の人が長期休暇の最中に放映され、ながら見する視聴者が多いだろうし、出演する往年の人気歌手の多くに現在でも熱心なファンが多いとも思われず、じっくりと見る番組ではなかろうから口パクが気づかれにくかったかと友人。

 「昔のように声が出なくってもいい。それが許されるのが懐メロ番組だ」とし、「輝いていた往年の姿はYouTubeでいくらでも見ることができるのだから、懐メロ番組に出演する歌手は“現在”の姿を晒してほしい」と友人はぼやく。でも現在活躍する歌手・グループが出演する10年先、20年先の懐メロ番組は口パクが主となり、ヨタヨタしたダンスを視聴者は見せられるんだろうから、現在の懐メロ番組はまだ許容範囲かと友人は複雑な心境だ。