望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

口パク歌合戦


 カラオケが普及して以来、日本全国で大勢の素人が夜な夜な、マイクを握って、のどを震わせて声を出して歌っている(パンデミック前のことだが)。一方、プロ歌手はというと、ダンスで魅せる……というわけか、クチパクが増えているようだ。素人が歌い、プロが歌わない時代か。



 素人が、声を出さずに、曲にあわせて振り付けをまねたりするのはエアー何とかというらしいが、プロが自分の曲の時に声を出さないのは、エアー何とかとは呼ばれず、実際に歌っていると見なす習慣のようだ。やっていることは同じなのにね。これが、プロの特権か。



 テープを流していれば、歌詞を間違えることもなく、音程を外すこともなく、決められた時間にぴったり収まるということで、歌手や制作サイドにはメリットが多いのだろうが、一昔前のアイドル歌手の、発声がつたなく、音程があやふやな歌の「スリル」を楽しんでいた向きには、口パクは物足りないだろうな。



 口パクにも歴史がある。昔の「夢であいましょう」などのバラエティー番組(歌・踊り・コント・トークなどが混在している番組)では、歌手がセットの中をマイクを持たずに歌いながら歩いたりする時に口パクを使っていた。プロモーションビデオに通じる手法といえようか。



 生放送のバラエティー番組なら時間管理が厳しいのだろうが、録画の歌番組でも多忙な歌手などは口パクを行っていたとか。そういえば、クリーム時代のEクラプトンが口パクをやっている映像を見たことがあるが、馴れていない様子が印象的だった。



 口パクを積極的に評価するなら、安定した歌を流しつつ、華麗なダンスを見せ、耳でも目でも観客は楽しむことができるということか。歌唱の代わりにダンスが主役……でも、ダンスといっても歌の振り付けの延長で、往年のハリウッドのミュージカル映画で披露されたダンスには及ばないし、ダンス抜きで歌を聴きたいという観客の望みは叶えられない。



 TVの歌番組でも口パクは常態化した。例えば、
口パクを紅白歌合戦から排除すると、若手の人気歌手は出場しづらくなろうし、視聴率はなお落ちるかもしれない。でも、見事な歌唱の歌手の次に出て来た歌手が口パクでは興ざめだ。いっそ、前半に口パク歌手だけを集めて、「見る紅白」と「聴く紅白」の2段重ねにするのがいい。