望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

始まったアメグジット

 英国がEUから離脱することを意味するブレグジットBrexit)という造語はすっかり定着したが、最近、アメグジット(Amexit)という造語を見かけることが増えてきた。これは、米国が国際社会への関与を減らし、孤立主義保護主義へ向かうことを意味する。

 それは具体的な行動として現れ始めた。米国はTPPから離脱し、NAFTAなどの見直しを始めるとともに、鉄鋼などの関税を引き上げ、パリ協定から離脱したほか、韓国や日本に駐留米軍経費の負担増を求め、欧州各国には防衛費の増額を求めるなど費用面から米国の世界での軍事負担軽減を要求している。

 「世界の警察官をやめる」と明言したのはオバマ大統領だが、それは、アフガニスタンイラクに軍事介入して「勝った」ものの、撤退ができずに駐留が長引き、経済的かつ政治的な負担となったことの反省だと解釈された。だが、対ISテロ戦争で米国が前面に出なかったように、もう米国は世界での軍事的関与を縮小、限定した。これは軍事面でのアメグジットの始まりだろう。

 経済的にも軍事的にも圧倒的な世界1である米国に、余裕がなくなってきたから、国際的な関与を減らし、孤立主義保護主義へ向かい始めたと理解するなら、アメグジットは衰退する大国・米国がたどる道であり、歴史の必然だ。それは、米国はアメグジットを選択したのではなく、アメグジットしか選択肢がないことを意味する。

 問題は、米国の関与が減る国際社会で何が起きるのかということ。中東ではサウジやイラン、トルコなどが自己主張を強め、アラブ世界は解体しつつある。アジアでは中国が経済的・軍事的に存在感を強め、事実上のパクス・チャイナが進行し、結果としてアメグジット状況になりつある。ロシアは中東などでの影響力拡大を狙い、EUは現状維持に精一杯で世界に対する影響力は希薄になった。

 米国が「世界の支配者」でなくなることは歓迎すべきことだ。自国第一主義を振り回す米国に各国は悩まされるだろうが、アメグジットで各国と対等になった米国に遠慮は不要で、各国も自国第一主義で米国と交渉するようになる。アメグジットで米国が失うものは多いが、「格下げ」に米国民の大国意識が納得できるかも課題だろう。

 一方、米国は人権や自由、民主主義など普遍的とされる理念を世界各地での関与・介入の口実にしてきた。アメグジットが進行すれば、そうした普遍的理念を米国が振り回すことも減るかもしれない。しかし、米国やEU以外に国際社会で普遍的理念を主張する国はないのが現実だ。アメグジットが国際社会からの普遍的理念の撤退をも意味するのなら、政治的な普遍性の解体という歴史的な場面に我々は立ち会っている。