望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

重商主義の誘惑

 重要主義の時代には、富を自国に集めて蓄積するために国家が経済・通商を支配しようとした。自国に流入する富を増やし、自国から流出する富を減らすためには、輸出を増やすことを奨励する一方、輸入を制限するのが真っ先に思いつく方法だった。

 だが、各国が次々に輸入を制限し始めると、自国からの輸出が停滞してしまう。そこで自由貿易を制限せずに、自国に流入する富を増やす方向に国家の経済政策は変化した。それは、国際競争力の強い産業を育成・保護して輸出を増やすとともに、輸入品との競争から自国の産業を保護することだった。

 これが、16〜18世紀に欧州の主権国家の多くが行った経済・通商政策だが、やがては行き詰まるものでもあった。ある国が輸出を奨励して輸入を制限すると他国も同じように行動し、ある国が国際競争力が強い産業の育成・保護に注力するなら他国も同じように行動する。

 重商主義では、どこかの1国がうまく利益を増大させたとしても、それは長続きしない。他国も対抗して動いたり、政策を模倣するので、1国だけが利益を独占することは難しい。だが国家は自国に富を集めて蓄積することを放棄してはいない。資本が巨大になり、国家の統制に服さなくなった現在も国家は、重商主義の誘惑に惑わされる。

 重商主義が成功する条件は、その国に①産業基盤が確立されている、②国際的に大きな政治力を有する、③他国を圧倒する軍事力を有する、④国際競争力が強い産業を有する、⑤巨大な金融力などが必要だ。つまり、突出した大国だけが重商主義を主張することができよう。重商主義が成功するには、他国に強制する力が必要であり、自国に富を流入させるには、他国から富を流出させなければならないからだ。

 現代において突出した大国は米国であり、トランプ政権は様々な品目で輸入の制限を打ち出し、多くの貿易協定を自国有利に見直すため再交渉を始めた。重商主義と見なされても不思議はない政策だが、それが成功するかどうかは怪しい。短期的には相応の効果はあるかもしれず、任期中の成果にはできるかもしれないが。

 重商主義の時代はとうに過ぎ去り、自由貿易を基盤に国際経済が形成されて久しい中で経済におけるボーダーレス化は進展し、商品や資本、情報、人間が国家の制約を脱して流動する時代になった。重商主義への回帰が国家主義の表れの一つだとすれば、グローバリゼーションに対する主権国家の抵抗の最終章かもしれない。