望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

様々なボーダーレス

 リーマンショックで始まった世界的金融危機と同時不況は、世界経済が密接に相互関連していることを明らかにした。サブプライムローンを始めとした「有毒証券」が次々に正体を現し、米欧の銀行などは次々に実質的に破綻して公的資本を注入された。金融商品がボーダーレスに取引されていたため、「有毒」となった証券類は各国で、その被害を拡大させた。



 ボーダーレスに移動していたのは資本そのものでもあり、金融危機後には、その混乱ぶりが為替レートに顕著に現れた。通貨レートが大幅下落したアイスランドの例がマスコミによく取り上げられていたが、次には東欧各国から資金が引き上げられ、自前の資金が乏しく、他国からの資金流入頼みだった経済(国家)が、資金引き上げで動きがとれなくなった。



 過剰な消費で世界各国からの輸入を誘引していたアメリカ国内市場が低迷すると、途端に日本、中国など対米輸出依存度が高かった国では、生産活に急ブレーキがかかった。ボーダーレスに自由な商品の流通は、流通過程のどこかが詰まると、たちまちボーダーレスに連鎖が波及する。



 資本も商品もボーダーレスに移動できる世界になったが、労働力については自由移動は認められていない。実際には先進諸国では移民労働者が入り込み、定着しているが、公式には労働力の自由移動は制限されている。資金や商品なら送り手(所有者)がコントロールすることもできるが、労働力=労働者は個々に意思を有しているので、送り手なり受け手が勝手にコントロールするには限界がある。



 労働力の移動とは人間の移動であり、先進諸国は出稼ぎとしての枠をはめたり、年数を区切ったりして、定着を防ごうとする。一方、国際経済の中で中国が急速に力をつけたのは、人件費の安さにより、先進諸国から工場を呼び込んで、生産した製品を輸出したためだった。つまり、労働者が先進諸国に移動してくることは制限するが、安い労働力は使いたいというわけで、工場をボーダーレスに人件費の安い国へ移動させている。



 安い労働力を使いたいのなら、工場をそのままに、安い労働力をボーダーレスに呼び込めばいいとも考えられるが、そこには国家が壁として立ちはだかる。労働力=人間が国外から自由移動して来ることは、定住することも考えなければならない。納税し、年金にも健康保険にも入り、法を守って生活するなら「良き市民」であるはずだが、国家は移民に疑いの目を向ける……税金を払わず、不法なことばかりするのじゃないか、と。



 グローバル化してボーダーレスに世界はなったというが、資本や大企業はともかく、個々の人間には世界はいまだに国家で区切られ、国境で移動を制限されている。個人にとって世界はボーダーレスにはなっておらず、個人はいまだに国家にとらえられている。



 「万国の労働者よ、団結せよ」と誰かが言ったが、経済がグローバル化してみると、先進諸国の労働者は、人件費の安い途上国の労働者に置き換えられ、国境を越えての労働者の団結なんて絵物語だ。各国の労働者の利害が対立するような構図に世界経済はなってしまった。現在の世界で国家と最も先鋭的に対峙しているのは、先進諸国に潜り込もうとする「不法」移民なのかもしれない。