望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

余剰マネーで世界は不安定

 モノやサービスの売買などの実物経済の規模は世界で74.2兆ドルだが、金融経済の規模はもっと大きく、ストック・ベースで余剰マネーが140兆ドルあるとIMFは推定している(2013年。水野和夫著『資本主義の終焉と歴史の危機』)。この余剰マネーはレバレッジを高めて、利を求めて世界を動く。現在では余剰マネーはもっと膨張しているだろう。

 さらに、リーマンショック後に先進国の中央銀行量的緩和政策で市場に大量の資金を供給しているので、世界には実物経済の規模を遥かに上回るマネーが溢れている。金が溢れ返っているのだから、世界は豊かになったのであり、慶賀すべきことだろうが、一方で、溢れているマネーは実物経済を活気づけることができないという皮肉な状況でもある。

 世界に溢れているマネーは強欲さを伴っているから、儲からない話には見向きもしない。政府なら、景気を刺激するためには世の中に金を回さなければならないと、道路を掘り返して埋め戻すなんて事業でも他に選択肢がなければ資金を投入して行うかもしれないが、そんな儲からない話は強欲なマネーの視野にないだろう。

 さらに巨額の儲け話がそこここに転がっているわけでもないから、140兆ドルの余剰マネーが74.2兆ドルの実物経済に殺到したところで、限られた利しか得ることはできまい。例えば、売上げ100億円の企業に200億円の投資が行われたとしても、企業の売上げや利益が3倍になるものではなく、返済が確実に行われるとも限らない。豊かになった世界では、供給増による需要喚起は限定的になる。

 モノを生産・販売し、サービスを提供して代価を得るという実物経済が中心だった世界では、経済を活性化させるには、需要を刺激して供給サイドに波及させれば良かった。だが、実物経済の規模を数倍も上回る余剰マネーが溢れている物質的にも豊かな世界になってしまうと、実物経済は巨額の余剰マネーという金融経済に振り回されて不安定さを増す。

 実物経済の資金需要を遥かに上回る強欲な余剰マネーが世界に存在し、少しでも多い利を求めて世界を動き回ることから生じる不安定さ。これを是正するには、巨額の余剰マネーの動きに制約を課すとともに、金融経済から実物経済へとマネーを移動させる道筋をつくるのが効果的だろう。

 例えば、世界で動き回る巨額の余剰マネーへの課税を各国で強化し、吸い上げたマネーを低所得者らへの支援や社会保障に回すと、その金は消費に使われ、実体経済のサイクルの中に還流されることになる。先進各国で表面化している既存インフラの老朽化対策に巨額の余剰マネーを充てる枠組みを構築しても、実物経済へと余剰マネーが還流できよう。

 世界にはマネーが溢れているというのに、現実世界では貧困などに苦しむ人達がなお多く存在する。豊かなはずの先進国でも格差は拡大、富裕層にはさらにマネーが集まり、中流階級の解体が進む。世界に溢れる巨額の余剰マネーをどう活かして人々のために使うのか、人類の叡智が試されている。