望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

理論か、方便か

 こんなコラムを2009年に書いていました。

 中国では愛国主義を鼓舞する報道を一斉に始めたそうだ。昨年末に「憲章08」が発表され、今年が天安門事件の20周年にあたることもあって、政府は警戒心を強め、治安対策が強化されると言われていたが、その一環ということか。



 新聞によると、人民日報は社説で「共産党がなければ新中国はなく、祖国の繁栄や富強はあり得なかった。社会主義こそが中国を救い、改革開放こそが中国を発展させる」と書いたそうだ。今年10月に建国60周年を迎えるので当局は全国で愛国主義教育を強めるという。



 1党独裁を正当化するために中国共産党は、さまざまな理由を見つけてきた(こじつけてきた)。共産主義思想による革命と前衛党独裁の正当性を言い立てる時代が長かったが、共産主義思想の行き詰まりが明確になった冷戦終了後には、「侵略者」である日本軍からの開放者として中国共産党の支配を正当化し、中華民族なるものの代弁者としてさえ位置づけるようになった。



 改革開放後に中国経済が世界経済にビルトインされてみると、反日教育中国共産党を正当化することは、相互依存の国際経済の中では中国の位置の不安定化につながりかねないことが明らかになり、そこで今回、経済の繁栄や富強を中国共産党独裁の正当化の理由に持ち出した。「見てご覧なさい、今の繁栄を。これは中国共産党のおかげなんですよ」と言い、「だから、中国共産党の独裁は正しい」……てか。



 個人独裁なら、独裁の理由をいちいち考えて説明しなくてもいいのかもしれないが、そこは「科学的」という言葉が好きな共産党の独裁なだけに、「理論」が必要になるらしい。理論と膏薬は何にでもつく……という言葉があるが、このテの理論は声高に言ったほうが受け入れられる。受け入れられると言うより、反論しても無駄だ、むなしいと思わせるのかもしれないが。

 いい例は、中国共産党チベット支配を正当化する説明だ。今年になってからは「農奴制だったチベットは、今日のような社会制度に歩み出して、過去にないほど生活が改善された。チベット族の生活が以前よりも格段に良くなったことは非常に重要な事実であり、真実だ」とか「中国中央政府と全国各地は長年、チベット地区の経済・文化・社会など各方面の発展推進に力を入れてきた」「チベット自治区の予算は93ー94%が中央政府とその他の省・直轄市自治区のサポートによるものだ」などと言い立てている。



 このテの言葉は、植民地支配を正当化する帝国主義者の口からよく出て来る。「結果」を肯定して、さかのぼって「手段」を正当化する。チベットが近代化され、インフラも整備され、生活が改善されたのは確かなんだろうが、皮肉を言えば、アメリカがチベットを支配しても近代化はなされただろうし、イギリスがチベットを支配しても近代化はなされただろう。

 中国共産党独裁の正当化の理由に、経済の繁栄が持ち出されるようになったのだが、次の独裁正当化の理由は何だろうか。市場経済には調整は付き物、景気の波があるので、いつも繁栄ばかりとは限らない。この先、経済が停滞した時にも中国共産党独裁を正当化するには、愛国主義しか残っていないのかもしれない。でも、愛国=愛共産党になるかどうかは不透明だ。