望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

司教の任命権

 「ペトロはローマに行き、教会をつくりました。このペトロの後継者がローマ司教、すなわちローマ教皇です。そして使徒たちの後継者が世界中で働いている司教なのです」(カトリック中央協議会サイトから)。世界には約2500の教会(教区)があり、司教は任された地域(教区)の全ての教会活動に責任を負うとされる。

 教区は中国にもあるが、バチカンローマ法王教皇)による司教の任命は内政干渉だと中国政府は拒否してきた。中国内では、中国政府が任命する司教による政府公認教会と、中国政府の公認がない「地下協会」に分かれる一方、バチカンは台湾と外交関係を維持してきた。

 バチカンが世界で司教を任命するのは、宗教的な行為なのか非宗教的な行為なのか。宗教的な行為だとするとバチカンは絶対に妥協することはできないだろうが、非宗教的な行為だとすると妥協の余地はある。バチカンは中国政府と司教任命権問題で暫定合意し、中国政府が任命した司教7人をローマ法王が承認した。

 宗教団体が組織を構築することは、主観的には信仰に関わる活動であろうが、客観的には世俗団体による組織活動と等しい。教区における教会活動は、聖なる世界(信仰)と俗なる世界(信仰者の生活や組織維持などのための活動)が入り混じる。司教の役割は、聖なる世界の責任者であり、また、俗なる世界の責任者であろう。

 中国との暫定合意は詳細が伏せられているが、バチカンが中国政府に妥協したとの見方が報じられた。中国政府が選んだ司教をローマ法王が承認せざるを得ないのであれば、司教の任命権は実質的にローマ法王ではなく中国政府が保有する。

 ペトロの後継者であるというローマ法王保有する、世界で司教を任命する権限。それを中国では中国政府が保有することをローマ法王が容認したのは、中国政府公認協会と地下協会の統一へ向けた環境整備かもしれない。司教の任命は俗なる世界の組織維持のためで宗教的行為ではないと判断したから、バチカンの組織拡大のために妥協することができた。

 中国政府はバチカンとの暫定合意で「メンツ」を保つことができた。独裁する権力は、上位にある権力や権威の存在を許さないことで体制を維持する。神の存在も許さないだろうから中国政府は、バチカンローマ法王を恐れず、個人の中国人の精神世界に影響を及ぼす宗教活動をも「内政」干渉だと拒否できた。