望潮亭通信

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「テロ」の意味






 中国雲南省昆明市の昆明駅構内で2014年、刃物を持った複数人が駅利用客らを襲い、29人が死亡、負傷者140人以上という惨事が起きた。被害に遭った多くは、たまたま駅に居合わせた地方からの出稼ぎ労働者だと伝えられ、まさしく無差別殺傷事件。個人による同様の事件は日本でも起きるが、中国で複数の人間がなぜ、一般人を対象に凶行に及んだのか。



 昆明市政府は、新疆ウイグル自治区の分離・独立派による「計画的で組織的な暴力テロ事件」と断定、中国外務省は事件の現場で「東トルキスタン・イスラム運動」の旗が見つかったとした。前年10月に北京の天安門で発生したウイグル族による車両突入事件では、燃えつきた車両から宗教的な内容が書かれた旗が発見されたと発表され、当局は「テロ」と断定した。事実なのかもしれないが、都合よく旗が見つかるものだと感心する。



 ウイグル独立派による「組織的テロ」と説明すれば、中国で大多数を占める漢族は納得するのかもしれないが、刃物を使って切りつけたり、車両で突入したりと、「テロ」にしては手段が“古風”だ。銃器や爆弾を使用しないのは、分離・独立派の組織なるものが外国勢力と交流しておらず、支援を受けていないためかもしれないが、統一的な組織が存在しないことを示すようでもある。



 経済大国になった中国で、ウイグル人はどのような状況に置かれているのだろうか。加々美光行さんの『裸の共和国ーー現代中国の民主化と民族問題』によると、2001年から本格化した西部大開発計画によりウルムチに巨額の開発建設投資が集中し、人口250万人のウルムチに100万人以上の労働者が流入した。



 投資された資金は大半が沿岸地域からで、使いやすい漢族を優先的に雇用し、賃金にも差があり、真っ先にリストラされるのはウイグル人だった。そうした状況への不満から民族間の衝突が起き、ウルムチ暴動につながったのだが、当時の政権は、独立運動のテロの一環であるとした。実態とは相当に違う。



 民族自決・民族独立の要求は、基本的に「自由権」要求であり、暴動事件は、むしろウイグル人労働者の雇用をめぐる不満の膨張を背景として起きたものであり、その基本的性格は「社会権」要求。つまり、ウイグル人労働者は民族差別によって就業権が侵され、労働条件が不当に差別されているという不満を抱いていた。



 同書は2010年に出版されたもので、その後、ウイグルの状況は悪化しているようだ。当局の強権による締め付けが厳しくなる一方、年間200以上の襲撃事件が起きているともいい、待遇改善などよりも「自由権」要求が強まっていると推察されるが、情報は管理され、現地の実態は閉ざされている。



 ウイグル人と「テロ」が結びつけられることで漢族の偏見を助長する一方、ウイグル族の文化やイスラム教の信仰を軽んじる民族政策もあって“共存”は簡単ではない。自治区の経済的な利権を漢族が独占していることもあって中国政府は分離・独立の動きを徹底的に封じ込めようとする。経済的な不満から始まった要求が、当局に弾圧されることによって「自由権」要求へと発展した……今後も事件が起きるたびに中国政府は「テロ」だと言い続け、弾圧を強める。