望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

議会の自浄能力

 米国の下院は12月1日、共和党のジョージ・サントス議員を除名する決議案を下院議員311人の賛成で可決した(民主党議員の大半に加え共和党議員も105人が賛成。定数435人の3分の2以上による賛成が必要だった)。除名された下院議員は米国史上6人目で約20年ぶりだと報じられた。

 サントス氏は多くの経歴詐称の疑惑に加え、選挙資金を私的に流用していたなど金銭をめぐる疑惑も多く、20以上の罪状で起訴されていたが、辞任を拒否していた。下院倫理委員会の報告書によると、サントス氏は選挙資金を高級ブランド品の購入や美容のためのボトックス注射の費用、クレジットカードの支払いや借金の返済など私的に流用したほか、コロナ禍の失業給付金を不正受給していた。テレビ広告などに使うとサントス氏は選挙資金を集めていた。

 サントス氏は35歳。ブラジル出身の母親の祖父母はウクライナユダヤ人でホロコーストを逃れてブラジルに移ったとし、自身はニューヨークで有名私立大学を卒業後、ゴールドマン・サックスなどで働いたとの経歴を掲げていたが、これらが全てウソであるとマスメディアに暴かれた。母親にユダヤ系の血筋はなく、大学に在籍記録がなく、職歴は作り話だった。虚偽を指摘されてサントス氏は「履歴書に装飾を施したに過ぎない」などと述べたという。

 サントス氏は虚名癖(実際以上の評判や名声を得ようとする習性)があったのか、有名大学を優秀な成績で終え、大手金融会社で仕事をし、ユダヤの血筋で動物保護NGOを設立して犬や猫の保護に尽力し、大学の頃はリーグで優勝したバレーボールチームでスターだったと誇る一方、幼少期は貧しい暮らしで、母親は世界貿易センターで働いていたが9.11の惨禍を生き延びたなど、人々の興味をひく事柄を並べ、目立つとともに同情を集めた。だが、それらのほとんどがウソだった。

 遠く離れて見ている分には、異国のサントス氏の転落劇は笑える。こんな人物が議員に当選して国政に関与する国における民主主義が形骸化していることは明らかで、主権者はもっとしっかりしろと言いたくなる。とはいえ、民主主義国における国政選挙が人気投票に陥ることは珍しくなく、程度の差はあれ、候補者の多くが「履歴書に装飾を施し」ていることは暗黙の了解事項だろうから、サントス氏と同類の人物は探せば見つかりそうだ。

 もしサントス氏と同様の経歴詐称と選挙資金流用を米国議会の議員の大半が行っていたとすれば、サントス氏の除名決議案の賛成票ははるかに少なかっただろう。サントス氏の行為が除名に値するとなれば、他の多くの議員も除名に値することになるからだ。サントス氏の除名決議案に賛成票を投じた議員は、サントス氏と同様の行為を自分はしていないと主張できるからサントス氏の除名決議に賛成した。

 日本では、自民党の多くの派閥でパーティー券を利用した裏金づくりが行われ、多くの議員も裏金づくりを続けていたと報じられている。政治資金規正法を無視し、多くの自民党議員が裏金づくりを公然と行っていたのだから、政党に自浄作用は働かず、国会で自民党議員の誰かを処分すれば次々と連鎖して処分されるのだから、自民党は誰一人として処分はさせず、守るしかない。

 自民党の全議員がサントス氏なのかもしれないから、国会で自民党の誰か1議員の除名決議などできない。議会で多数を占める政権与党で組織的に行われていた裏金づくりを調査する倫理委員会は日本には不在で、第三者委員会を設置して事実関係を解明することは自民党が拒否するだろう。サントス氏は1人の悪行だったから議会はサントス氏を除名して「正義」を保つことができたが、政権与党の大半の議員が裏金づくりに関与していたとあって、日本では議会の自浄能力は発揮されそうにない。