望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

情報環境とメディア

 東電福島第1原発の処理水の海洋放出をめぐり中国の国営メディアは「核汚染水」と呼び、不安を煽り、日本を批判する報道を続けている(報道には事実の検証が欠かせないので中国の国営メディアは、政府の意向に沿ってプロパガンダを行っていると見なすべき)。日本や韓国、ペルーで海洋放出に反対する人々を取り上げ、放出反対が世界的な動きであるかのような演出もあるとか。

 新華社は、海洋放出は「極めて利己的な行為であり、本来日本が負担し吸収すべき原発汚染水の『リスク』を太平洋沿岸諸国や島嶼国、さらには全世界に広げる。これは犯罪である」 とか「福島第一原発を運営する東京電力には、いい加減な対応や隠蔽・ごまかしの『黒歴史』が多すぎて、もはや国民の信頼を勝ち取るのは難しい」「反対の声を鎮めるために東電はあからさまな嘘までついた」  などとした。

 環球時報は社説で「日本が国際世論にうその情報を大規模かつ集中的にばらまき、無責任な行為を覆い隠した上に、正当性まで求めている」とか、日本国内で中国からの嫌がらせ電話が相次いでいることについて「日本を中国にいじめられる被害者に仕立て上げ、同情を買おうとしている」「この問題の本質は両国間の争いではなく、日本が全人類に危害を及ぼす悪事を働いたことにある」などとした。

 悪意で歪められた言説が溢れている国営メディアだが、中国国内でのSNSでは検閲によって処理水の安全性を説明する投稿が削除され、日本政府を批判する投稿ばかりが残り、ほかに恐怖を煽るフェイク動画や偽情報が拡散されているという。中国国内で国営メディアの報道を見、SNSに流れる投稿を見ているだけの多くの中国人が処理水の安全性に疑問を持ち、日本に対して批判的になるのは当然か。

 中国政府は世論を誘導することに成功している。国営メディアでもSNSでも政府の意向に沿って歪められた情報だけが大量に溢れ、連日流し続けられる。こうした情報環境に閉じ込められた人々に「情報を疑ってかかれ」とか「情報は検証しろ」などと言っても無駄だろう。国営メディアやSNSの情報を肯定する情報ばかりの中にいては検証しても、その情報の真偽は不明だ。「嘘も百回言えば真実となる」世界に中国人は生きている。

 一方、ほとんどのメディアが揃って沈黙を守ったために、長年にわたって多くの未成年者に性加害を続けていた人物の犯罪行為が隠蔽されたのは日本だ。犯罪行為が行われていると指摘されたことはあったが、ほとんどのメディアは沈黙を守り、犯罪行為は続いた。日本のメディアは沈黙を守ることで世論を誘導することに成功し、大手芸能事務所への批判を抑えることに加担した。

 それぞれの情報環境の中で人々は生きる。メディアがプロパガンダに励めば人々は意識を操作され、メディアが沈黙すれば伝えるべき情報も伝えられず、犯罪行為が行われていても人々は問題意識を持てない。中国では共産党の独裁統治が続く限り国営メディアに対する批判は抑え込まれようが、沈黙に対して日本ではメディア批判が現れた。この批判にメディアが真摯に反省することでメディアへの信頼は回復するが、反応は鈍い。中国も日本も情報環境はそう簡単には変化しそうにない。