望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

飼い犬に噛まれた

 飼い犬に手を噛まれた飼い主の対応は①そのまま飼い続ける、②手放す、③殺すーに分かれる。①の場合も、何もせずに飼い続ける飼い主は少なく、厳しく叱って飼い主の順位が上であると確認させたり、シツケをやり直して従順になるようにしたりするだろう。②の場合は、誰かに譲ったり、飼育放棄の犬猫を保護するNPOなどに持ち込んだりする。③では、保健所に持ち込む。

 プーチン氏は愛犬家で、日本から贈られた秋田犬を飼っているとされるが、その様子が報じられることは現在では全くなくなったそうだ。特別軍事作戦でロシア兵に多くの死傷者が出ているという状況では、犬と戯れている様子を映させても親近感のアピールにはつながらないことは明白だ。プーチン氏が今も犬と戯れる時間を持てているのかは明らかではない。

 プーチン氏が飼っているのは犬だけではない。民間軍事会社ワグネルも「飼って」いた。プーチン氏は6月27日、「ワグネルに戦闘員の給料とボーナスとしてロシア政府が過去1年間で862億6200万ルーブル(約1450億円)を支払っていた」と述べ、「ワグネルの運営資金は国防省、つまり国家予算からすべて提供されていた」と続けて、民間軍事会社とされるワグネルが実際には国営軍事会社であることを認めた。

 そのワグネルがロシア南西部の軍事拠点を占拠し、首都モスクワに向けて進軍を開始したのは6月24日。モスクワまで200kmに迫り、武装蜂起で戦闘が始まると一気に緊張が高まったが、ワグネルは進軍をやめ、エフゲニー・プリゴジン氏はベラルーシに亡命することが報じられた。プーチン氏はワグネルの戦闘員に対し、▽ロシア軍と契約する▽ベラルーシに行くーとの選択肢を示した。

 プーチン氏は「飼って」いたワグネルに何をさせたか。今回のロシアによるウクライナ侵攻に協力する以前からワグネルは、シリアやリビア、アフリカ各地などで紛争に参戦していたが、その活動はロシア政府の利益に貢献するとともに貴金属などの採掘利権に関与して独自に利益を得ていたとされる。非合法の組織であるから、その活動に制約は少なく、残虐な非合法活動を辞さなかったとされる(戦争犯罪も含めて)。

 プーチン氏の私兵とも言えるワグネルが、実はプリゴジン氏の私兵だったことが今回の首都モスクワに向かった進軍で明らかになった。プーチン氏は「飼っていた犬に噛まれた状況」で憤懣やるかたない心境だろう。だが、ウクライナ侵攻に軍を大量動員しているのでワグネルを壊滅する備えは首都モスクワ周辺にはなく、また、プリゴジン側の要求を飲むこともできなかった。

 プーチン氏はベラルーシプリゴジン氏とワグネルを預け、手放した格好だが、秘密にすべき様々な事柄をプーチン氏と共有しているワグネルとプリゴジン氏を放置してはおけないだろう。飼い犬に手を噛まれた人が独裁者だった場合、そのまま飼い続ける可能性は低く、代わりの犬はいくらでもいるから、「鳴かぬなら殺してしまえ」風に始末を命じる。独裁者が愛するのは、自分にいつも必ず従う忠実な犬だけだ。