望潮亭通信

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ロシア系住民の保護

 ロシアのプーチン大統領は12月22日、ウクライナで続けている軍事作戦の目的は「自分をロシア人、ロシア文化の一部と考えている人々の保護」だと述べ、ソ連崩壊で分断されたロシア人の統合を進める考えを示したと報じられた。ロシアの大統領が、旧ソ連に属した国のロシア系住民を保護することを主張するのはウクライナ侵攻を正当化するためだろう。

 「自分をロシア人、ロシア文化の一部と考えている人々」がどこの国に住んでいようと、彼らを保護する権利がロシアにあるのならば、ロシア以外の国にも同様の権利があることになる。例えば、ウクライナがロシア国内のウクライナ系住民を保護することを目的とする軍事作戦を行うことをロシアは認めざるを得まい(ロシアは特別だと主張するのかな)。

 かつてのソ連から独立した諸国にはロシア系住民が多く暮らしている。例えばバルト3国のロシア系住民の比率はラトビア29.6%、エストニア25,6%、リトアニア6.3%とされ、ウクライナには17.3%、ベラルーシ11.4%、モルドバ5.8%、中央アジアではカザフスタン30%、キルギス12.5%、ウズベキスタン5.5.%、トルクメニスタン4%、タジキスタン1.1%などとされる(2009年のデータ)。

 ロシア系住民の保護を目的とする軍事作戦をロシアが続けることができた場合、これらの諸国は常にロシアの侵攻の危険にさらされる。バルト3国はNATOに2004年に加盟したのでロシアは侵攻できないだろうが、ウクライナ侵攻がロシアに「許された」なら、ほかの諸国はロシアの「次の標的」になる。すぐに諸国はNATOに加盟することはできまいから、ロシアの侵攻に備えなければならない。

 国内では政府批判のロシア人を弾圧しているロシアが、他国に居住するロシア系住民を保護することを主張するのは奇妙な光景だ。ロシアは都合よくロシア系住民の保護を主張するが、居住する国に対する帰属意識を持つロシア系住民はロシア政府に敵対するだろうから、ロシア政府に従うロシア系住民だけを特別扱いする。

 ロシア系住民の保護を口実にロシアは旧ソ連の版図回復に動き出したとも見える。ロシア帝国からソ連邦に移行したが、大帝国としての振る舞いは継続された。そうした帝国だった過去への願望が受け継がれたが、欧米主導の国際社会からは傍に追いやられる立場であることもロシアは受け継いだ。帝国だった歴史からロシア人が逃れることができないとすれば、帝国を回復しない限り願望は続く。

 難民や移民ではなく合法的に他国に移住している人々は世界に多い。自国系の住民の保護を理由に他国に侵攻することが正当化されると、ロシアに限らず欧州各国や中国、インド、トルコなど多くの国も他国に侵攻する「権利」があることになる。そうなった世界では各地で侵攻が起きかねない。日本も日系人の保護を掲げて侵攻できることになる。そういえばナチスドイツはドイツ系住民が居住するズデーデン地方の統合を主張し、併合を認めさせた歴史がある。