望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

覇権争いは他人事

 訪中した仏マクロン大統領は4月、台湾情勢について欧州は米中両国のどちらにも「追随」すべきでないとした。報道によるとマクロン氏は、台湾情勢の急変は欧州諸国にとって利益にならないが「欧州がこの問題で米国や中国の過剰反応に追随しなければならないと考えること」は最悪だとし、「私たちの優先事項は他国の予定に合わせることではない」とした。

 米国とも中国とも距離を置くとの姿勢は自国最優先の外交を行うフランスにとっては当然かもしれないが、米国との協調を重視せざるを得ない欧州各国にとっては「それは言っちゃいけない」ものだったか、批判が相次いだ。マクロン大統領が中国で手厚い歓迎を受けたこともあって、米中に対して中立の立場からの発言ではなく中国寄りだとの懸念が広がった。

 マクロン大統領は自身の発言は正当だとし、報道によると記者会見で、米国の「同盟国であることは下僕になることではない」とする一方で、台湾の現状維持を支持するフランスの立場は変えないとした。その後に台湾を訪問したフランス国民議会の議員団はマクロン大統領のメッセージとしてフランスの「台湾政策の方向性に変化はない」とした。

 米国と中国は、経済的な結びつきは維持しながら政治的には覇権争いを始めている。欧米の価値観に従っていては共産党の独裁統治が危うくなると懸念した中国は、経済的な成長もあって自己主張を強め、欧米の価値観とは異なる世界秩序の構築をあからさまに唱え始めた。米国はパクス・アメリカーナを終わらせるつもりは毛頭ない。両国とも引くに引けない状況になった。

 米中が覇権争いをしている状況で、米国側にいると見なされるフランスの大統領からの、米中に距離を置くとの発言は、米国から一歩離れ中国に一歩近寄ったと見なされて当然だ。だが、米中の覇権争いに巻き込まれたくないとはアジアから遠い欧州諸国にとっては暗黙の見解かもしれない。経済的に中国から恩恵を得ている諸国が多いだけに、米中の覇権争いから距離を置きたいのが本音か。

 かつての冷戦は米国とソ連の覇権争いだった。ソ連が解体してからは米国が単独で覇権を握ったとみなされたが、イラクアフガニスタンへの出兵で米国は疲弊して単独の覇権に翳りが見える中で中国が経済的に急成長し、軍事的な存在感も増大した。欧州諸国にとって中国の軍事的な存在感はまだ希薄だろうから、マクロン大統領のような発言にもつながるのだろう。

 おそらくマクロン大統領にとって中国の軍事的膨張は「他人事」なのだろうし、米中のどちらが覇権を握っても、つき合っていかざるを得ないという冷静さ(冷酷さ)に基づいた発言だった。自国の利益を最優先にするという外交は当然だが、個人の本音を吐露することは外交においては余分なことだった。まあ自国の利益よりも米国の利益を優先する外交よりはマシだが。