望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

ラーメンと絵画

 ひと昔前、大衆食堂のラーメンは醤油味が多く、そこにチャーシューやモヤシ、ネギ、ワンタン、野菜炒め、ワカメなど乗せる具材によってメニューが増えていたが、やがて味噌味が広まり、塩味も加わってラーメンのスープの定番となった。とんこつ味も人気となったが、仕込みに手間がかかるためかラーメン専門店以外で見かけることは少ない(市販のスープを使えば簡単に作ることができるが)。

 ラーメン専門店は独自の味づくりに励む。ラーメンは大衆食堂から町中華、そば屋など多くの飲食店がメニューに載せているので、ラーメン専門店は個性を出さなければ存在意味が薄れる。ラーメン専門店が個性を出すにはスープを工夫するのが常道だ。麺やトッピングに工夫することも欠かせないが、独自のスープの味を損なわずに独自のスープと調和することが麺やトッピングには求められる。

 ラーメン専門店が全国各地に増えて、魚ダシのうまみを強調した魚介系や鶏ガラスープの白湯系、背脂などの油ギトギト系、とんこつをさらに濃厚にした超こってり系、とんこつと醤油味のブレンド系、唐辛子やニンニクなどを強調したスパイシー系や激辛系など多彩なスープ味が出現し、つけ麺や油そばなど形態に工夫したところもあり、大盛りを売りにしている専門店もあるとか。

 ラーメン専門店があれば、ラーメン専門に食べ歩きする人もいる。「都内の主な店は食べ歩いた」という友人は、以前は夏休みなど休暇を利用して地方のラーメン専門店巡りをしていたが、結婚して子供も増えてからは休暇は家族サービスに専念せざるを得なくなったそうだ。加えて奥さんからは、健康のためにとラーメンを食べることを減らすよう厳命されている。友人はやや小太りの体型で、奥さんはそれを気にしている。

 とはいえ、友人はラーメンを食べることはやめてはいない。会社員で毎日出社している友人は、出かける機会があればラーメン専門店を探して昼食をとる(奥さんには内緒)。ただ外出先の周辺に都合よくラーメン専門店が毎回あるわけではなく、大衆食堂や町中華などでラーメンを食べることが増えて、専門店の凝った独自のスープではなく、こってりしすぎない町中華などの醤油味ラーメンを友人は再発見したという。

 「専門店のラーメンの味は、例えると油絵のようなもので時には味がくどくて重いと感じることがあるし、出汁が効いているという薄味のものは色鉛筆で描いた絵で、美味しいけれどなんか物足りなさがある」と友人は言い、「町中華などの醤油ラーメンはクレヨンでさっと描いた風景画のようなもので、ちょうどいい塩梅だ。飽きずに食べ続けることができる味なんだな」。

 さらに「町中華なんかのラーメンは、ひねくれずに真っ当に成長したラーメンだって気がする。目立とうと派手な格好をしたり、個性を求めて道を逸れたりせずに成長し、地味だけど安定した味を再現している」と称賛し、「ラーメンを特別視するなら専門店がいいんだろうが、町中華なんかのラーメンは日常食で、炊き立ての白米と同様の、これで十分だという味だ」。友人はラーメンの世界の奥深さを再認識した。