望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

合理的に間違う

 目標設定は誤っているが、その目標を達成するために合理的に行動計画を立てて熱心に活動し、目標を達成することは現実では珍しいことではない。その目標設定が誤っていることは社会的に問題にされることもあるが、看過されることもある。企業や組織が硬直的で、トップ層の判断に批判や反対が許されない状況では、そうした誤った目標設定がなされたりする。

 目標設定は誤っているとはいえないが、その目標を達成するために不適切な行動計画を立てて不適切な行動により目標を達成することも珍しくない。不適切な行動は目につきやすく、社会的に問題にされたりする(必ず問題にされるとは限らないが)。適切な目標設定のもとで合理的な行動計画が立てられたとしても、目標達成が至上命題にされると、行動が強引になったり、不適切な行動が容認されたりすることも珍しくはない。

 誤った目標設定を達成するために合理的に行動計画を立てて実行した典型がドイツだ。ナチスは「ユダヤ人がすべての問題の原因である」と考え、ユダヤ人は生きている価値がなく、世界を征服しようとしている怪物のようなものだとし、ナチスユダヤ人に対する組織的な襲撃を行った(ホロコースト記念館HP)。

 第二次世界大戦が始まり、ナチスはゲットーと呼ばれるユダヤ人居住地域を各地につくり、すべてのユダヤ人をそこに住まわせ、さらにナチスはヨーロッパに残っているユダヤ人を全滅させることを決め、全ヨーロッパに住む1100万のユダヤ人抹殺計画を決定して、実行した。6つの絶滅収容所を建設し、ユダヤ人を集めて移送、ガス室に入れて毒ガスで殺害した。選別されて生き残った人々は強制労働収容所に移された(同)。

 ナチスユダヤ人の抹殺を目的としたのは誤った目標設定であることは明白だが、その誤った目標を合理的に実行して、ナチスは約600万人のユダヤ人を殺害した。ユダヤ人を絶滅させるというナチスの目標をドイツ人は支持し、実行した。ドイツ人は誤った目標設定に対して合理的な判断を放棄したが、その実行においては合理的な計画に基づいてユダヤ人の大量殺害を実行し続けた。

 おそらく当時のドイツ社会においてユダヤ人に対する強い憎しみが共有されていたからユダヤ人抹殺計画が支持され、その誤りは看過され、具体的な計画をドイツ人は着々と実行した。目標設定が情動に強く影響されると歪みが生じるが、そうした歪みは感情が昂った人々には歓迎すべきものと見えるだろう。合理的に振る舞う人々でも感情に左右され、「暴走」することがあるとドイツの歴史は示している。

 人間には感情があり、情動に左右されることは自然なことだ。問題は、合理的に判断するべきところで感情や情動が介入することだ。現在でも世界各国で政党や政治家は、人々の感情を刺激することで支持獲得を行っている。だが、感情に動かされた人々による支持で権力を握った政党や政治家は支持者の人々を裏切ることができない。歪んだ目標設定が行われ、その目標を合理的に人々が実行する可能性は常にある。