望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

キャッシュレス時代の取り付け騒ぎ

 日本での取り付け騒ぎといえば、1927年の東京渡辺銀行に対するものが最初とされる。当時の蔵相が議会で「東京渡辺銀行がとうとう破綻した」と失言したことで取り付け騒ぎが発生し、東京渡辺銀行は経営破綻に追い込まれた。人々の不安が高まり、ほかの銀行にも取り付け騒ぎが波及した。

 銀行は人々に預金してもらって、その金を運用して利益を出す商売だ。人々が預金するのは銀行を信用・信頼しているからで、大事な金が目減りしたり、引き出せなくなるとは考えていない。だから、銀行や証券会社などで経営不安などが明らかになると人々は急いで預金を引き出そうと殺到するが、窓口には大量の現金の用意はなく、混乱が起きる。これが取り付け騒ぎ

 集めた預金を銀行などは運用に回しているので、人々が一斉に預金を引き出そうとしても現金が足りず、また、すぐには大量の現金を用意することができない。窓口に殺到した人々は、預金を引き出すことができないので、ますます不安が高まり、それが怒りとなって現れたりする。預金を現金として取り戻さない限り人々は納得しない。

 預金通帳に記された数字が残っていたとしても人々の不安は現金を手にしなければ解消されない。経営破綻した銀行での人々の預金が保護される制度があったとしても、不安に駆られた人々は一刻も早く自分の金を現金にして確かめようとする。だが、フィンテックやキャシュレス化が進む21世紀において人々は、預金の数字を素早く別の金融機関に移動させることに励む。金はインターネット上では数字でしかない。

 米国でシリコンバレー銀行(SVB)が経営破綻した。急激な預金流出が起きたというが、銀行に人々が預金を引き出しに詰めかけずとも、スマートフォンやPCを操作するだけで預金を引き出した。ソーシャルメディア上にSVBから預金を引き上げるように勧める投資家のコメントが流れ、預金引き出しの動きが広がったという。「オンライン口座とソーシャルメディアの存在による預金取り付けに対して安全と言える銀行はなくなった」との大手ヘッジファンド経営者の発言も報じられた。

 21世紀の取り付け騒ぎはインターネット上で発生し、銀行は営業を続けている限り人々の預金引き出しを停止させることはできない。預金の流出を止めるにはオンライン取引を停止するしかないが、それは銀行に対する不安を一層高めるだけだ。インターネットは根拠が乏しい風評の広がりにほぼ無力であることを考慮すると、21世紀の取り付け騒ぎは今後も世界で繰り返される可能性が出てきた。

 以前の取り付け騒ぎで人々は現金を手にすることを要求したが、キャッシュレスやフィンテックの時代に人々は預金の数字を素早く安全な場所に移動させる。預金額の数字はデータに過ぎないのだが、そのデータは現金を意味すると人々は信用する。その信用が保たれている限り、21世紀の取り付け騒ぎの被害者は銀行など金融機関だが、その信用が毀損されると預金者も被害者になる。