望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

詰め替え

 20XX年、改革を旗印に国民の高い支持を集めた小泉元首相が亡くなった。倒産と失業者の急増で社会不安が高まっていた頃、国会審議中に居眠りしていた老財務相が「○×銀行が危ない」と寝言を言い、テレビ中継中だったため、そのまま流れ、取り付け騒ぎとなって○×銀行が破綻、そのことの責任をとって内閣総辞職したのは02年のことだった。その年に行われた総選挙に小泉元首相は立候補せず、ビールのCMで顔を売った子息に地盤を譲り、永田町から離れて横須賀で余生を送っていた。

 といっても政治から離れたわけではなかった。気が向くと、辻説法と称してどこにでも行って演説した。しかし、費用が掛かる。そこで、人気を当てこんで会社を作り、「改革」というブランドの牛肉を販売していた。まだ残っていた全国のファンから注文が来ると、大きく「改革」と印刷された段ボールに国産牛肉を詰めて発送した。

 ある日、久しぶりにアメリカ大使館から人が来た。時の大統領の知り合いだと言う。個人的な用件としか案内の人間に言わず、何の話かと応対に出た小泉元首相に「あなたが国産牛肉だけ売るのは非関税障壁だ。アメリカ産の牛肉も売るべきだ」、顔を赤くして一方的にまくしたてた。

 そうかと小泉元首相は合点して「安く売ってもらえるのですか」。相場の2割引きで売るという言葉に小泉元首相は、日米関係は大切だからと承諾したが、条件をつけた。「改革」のイメージは何よりも大事だし、それに輸入牛肉が入っているとなったら高くは売れない。国産牛肉の看板は下ろせないので、「改革」の段ボールにアメリカ産牛肉を詰め替える作業はアメリカ側が責任を持って、極秘で行うこと。

 いつから「改革」の中身がアメリカ産になったか、小泉元首相がいなくなり、アメリカの関係者も帰国したままなので、もう誰も知らない。