望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

個別事例と全体像

 例えば、何かの感染症により体調不良を訴え、病院に搬送される人が増えているとし、懸命に治療に当たる病院の人々を映像で紹介するニュースは珍しくない。そうしたニュースで各地の感染者数や重症者数、死亡者数などが同時に示されるなら、視聴者は感染症の広がりの全体像と、懸命に治療にあたる病院での個別事例の両方を知ることができる。

 だが、個別の具体例だけが紹介され、全体像については示されないニュースは珍しくない。視聴者がうっかり、そうしたニュースで伝えられる個別事例が全体像を示していると誤解すると、ニュースが伝える個別事例が各地で発生していると受け止めたりする。ニュースが伝える個別事例が事実だとしても、連想される全体像が事実とは限らない。

 ニュースが伝える個別事例では悲惨さや深刻さなどが強調される。そうした構成が視聴者に強く訴えると想定しているらしく、ナレーションも重々しく視聴者の感情を揺さぶる口調になったりする。ニュースが伝える悲惨さや深刻さは、感情に動かされやすい視聴者に有効に作用するだろう。感情に訴えるニュースには注意が必要だ。

 個別事例と全体像の混同は、全体像が明確でない場合に生じる。例えば、悲惨な交通事故を報じるニュースは個別事例を伝えているが、全ての交通事故が同様であるとはいえない。交通事故が悲惨であることは確かだが、個別の事故の状況は様々であり、全ての事故がニュースが伝えた事故と同様とはいえまい。そのことを視聴者は知っているから、悲惨な個別の事故のニュースに接しても、その個別事例が全体像を示すとは認識しない。

 個別事例を視聴者に全体像だと認識させようと報道することは、世界でも行われている。紛争などで戦闘に巻き込まれたり、難民になった子供の写真を積極的に配信することを欧州メディアなどが積極的に行う。そうした同情を集めそうな写真は個別事例だが、全体像を象徴的に示す写真として扱われ、個別事例のイメージで全体像を塗りつぶすことに役立つ。その全体像はメディアが強調したいイメージ通りに構築される。

 悲惨さや深刻さなどを強調した個別事例を報じるニュースは、視聴者を感情的に揺さぶり、誘導することに効果的だ。淡々と事実だけを伝えるニュースより、悲惨さや深刻さを強調するニュースのほうが視聴者を誘導しやすい。さらに、限られた取材でつかんだネタを優先するために、取材した個別事例を強調して報じることは珍しくない。

 不安を煽るニュースは注目度が高いだろうから、ニュース報道の演出では視聴者の不安を煽る文言が多用される。悲惨で深刻な個別事例は視聴者の不安を煽る具体例ともなり、不安に駆られた視聴者は浮き足立ち、全体像の把握などに気が回らないだろう。ニュースは見るときに多くの人は受け身であり、ニュースを受け入れるだけで、個別事例と全体像の峻別など気にしないだろう。