望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

全体像の把握が欠如

 人々の生活圏でクマが目撃されると、ニュースになる。山村や農村なども人々の生活圏だが、大騒ぎになるのは都市部などにクマが出没した場合だ。山村や農村のほうがクマの生息圏と近く、おそらく山村や農村でもクマの出没はあるのだろうが、そこで大きなニュースになるのは人に危害が加えられたりしたケースだ。

 クマの都市部への出没は全国各地でニュースとなるが、最近多いのが札幌市でのヒグマの出没事例だ。札幌市では昨年、ヒグマが中心部の市街地に現れ、襲われて4人が負傷した。ヒグマが市内を逃げ回る様子や人を襲う様子は映像でとらえられ、全国ニュースでも大きく報じられた。ヒクマという大型動物が人の生活圏に「侵入」する危険性が強調された。

 今年も札幌市ではヒグマの目撃情報が連日伝えられ、もはやヒグマの生息域と人の生活圏が重なり始めたように見える状況だ。日本で最強の大型動物ヒグマが市街地に現れたなら人は無力で、逃げるしかない。それがヒグマに対する恐怖を掻き立てる(ヒグマより小型の月輪グマでも人を襲う攻撃力が強く、人は無力だ)。

 クマの生息数が増えているのかクマの生息圏が拡大しているのか定かではないが、市街地でのクマの出没が日常的になると、クマが人の生活にとって日常的な脅威となる。クマの生息数が増えて人の生活圏にクマが侵入しているのだとすれば、クマの駆除を求める人々の声は多くなるだろう(マスメディアの報道では、野生動物の駆除を主張する声は抑制されている気配だ)。

 クマの出没が増えて行政は、例えば札幌市は「放棄されたままになっている果樹や作物は、ヒグマを誘引」するとし、「ヒグマが出没する可能性のある地域では、必要の無い果樹は伐採する、伐採できない場合には果樹を電気柵で囲う、実っている果実を早目に収穫するなどの対策が必要」とする。さらに「市街地と森林との間にある草地や市街地につながる河畔林など、ヒグマの侵入経路となり得る場所の木や雑草を刈り取って見とおしをよくすることで、ヒグマの出没を減らすことができ」ると草刈りの重要性を訴えている。
 
 クマの出没増に行政の対応が追いついていないと見えるのは、クマの出没や目撃情報があってから動くという受け身の対応を続けているからだ。受け身の対応になるのは、クマの生息数や生息圏などの確かな情報を行政が把握していないことが影響している。全体像が把握できていないから、個別事例への対応で済ますしかない。

 クマの出没が増えているのだから行政はクマの生息数の調査を早急に実施し、より正確な生息データに基づいて対策を考えるべきだ。札幌市は数年前に近郊にヘアートラップと自動撮影カメラを設置してヒグマの生息状況の調査を行ったが、生息数や生息圏を把握する調査は行っていない。

 近づくと危険なクマの生息数調査は簡単ではないが、自動撮影カメラの設置個所を大幅に増やすとともに、積極的にクマを捕獲して発信器をつけて放す等の調査を毎年続けてデータを集め蓄積することはできるだろう。野生動物の生息数と生息域を人為的に管理することが、野生動物が増えた都市における生活に必要な時代になっている。