望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

口だけ清兵衛 

 20XX年、全ての戦争は悪であると考える日本の首相の清兵衛は、戦争へと突き進むアメリカを説得しようと大統領に会いに出掛けた。前任の首相が、やたらとスローガンめいたことを振りかざすだけで、結局、自分で処理できたものは何もなかったことを踏まえ、清兵衛は口先だけの人間ではないことをアピールしたいという気持ちもあった。

 戦争を悪だと考える清兵衛は、戦争が嫌いだった。世界のどこで何が起きようと、戦争には巻き込まれたくない、世界の政治から取り残されたような東洋の島国で、人々がいたわりあって、ぜいたくを望ます、静かに質素に暮らせればいいと清兵衛は思っていたのだが、首相に選ばれた以上は外交もおろそかにはできない。

 笑顔で清兵衛を迎えた米大統領は開口一番、「おまえも俺を止めに来たのか?」。清兵衛は「フセインがロクでもない奴だということは世界中が知っている。わざわざ戦争をするまでもあるまい」と静かに諭すように言った。

 「被害者になるっていうのは強いものだな」と米大統領、「おかげでテロ対策を持ち出せばアメリカは何でもできる。おまけに俺の評価も上がった。やっと世界の支配権が手に入ったという時に、おまえはアメリカから離れるのか」。じろりと睨まれて清兵衛は、それでも言わねばならんと「アメリカが今、戦争をして勝っても、得るものより、中東の不安定化など、失うものの方が大きい」と説いた。

 「イラクを占領してやる。日本だってアメリカに占領されたお陰で発展した。今の日本と同じようにイラクもそのうち、アメリカに占領されたことを感謝するさ。反米感情? そんなものは、アメリカがおとなしくしていたって出てくるものだから、同じことさ」と米大統領は言い放ち、「これで中東の石油は、イラン以外、米英メジャーで抑えた。日本は中東から石油をもう買いたくないのか?」。露骨に言われるともう日本の首相、清兵衛には返す言葉がなかった。