望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

被害者意識の落とし穴

 こんなコラムを2004年に書いていました。

サクラ「やっと実現した日中首脳会談で、中国の胡国家主席小泉首相靖国参拝取り止めを求めた。小泉首相は参拝の意図を説明したということだが、面と向かって要請されたからには今後、小泉首相が参拝すれば胡国家主席のメンツ丸つぶれとなり、中国が態度を一層硬化させるのは必至で、小泉首相は難しい立場に立たされた」

スギ 「靖国参拝を巡っては日中双方にそれぞれ感情的反発があり、また、日中双方で政治家らがそれを利用している節もある。問題は東条英機A級戦犯への評価だ。中国側からすれば、多大な被害を中国人に与えた侵略戦争の張本人らということになろう。問題は日本側の評価だ」

サクラ「日本側からすれば、無謀な戦争に突き進み、多くの日本人を惨禍に巻き込んだ連中という評価であったのが、戦争体験・記憶の風化と共に歴史教育の偏向もあって、東条英機らの評価が曖昧にされつつある」

スギ 「東京裁判A級戦犯として裁かれたということは、東条英機らに対する連合国としての評価だ。国連の常任理事国に日本はなりたがっているようだが、東条英機らを否定せずに日本の政治家が常任理事国になりたいと言っても、連合国は相手にしない」

サクラ「しかし、アメリカやイギリスなどは日本の常任理事国入りに否定的ではないようだが」

スギ 「それはリップサービス。日本が常任理事国になることを現実的問題だとはアメリカなどは見ていない」

サクラ「日本には、東条英機らを東京裁判の“被害者”と見る人々がいる」

スギ 「戦争は悲惨なものだ。続行中のイラク戦争だって、イラクの人々も傷つき、アメリカ人らも傷ついている。皆、被害者意識を持とうとすれば持つことができる。悪いのはあいつらだと敵を仕立て上げれば、被害者になっていられる」

サクラ「中国人も日本人も、被害者意識をそれぞれ自分の主張の正当化に利用しているというわけか」

スギ 「日本側のその例の一つが大東亜共栄圏だ。欧米の侵略からアジアを守るための自衛策が先の戦争だったという論。日本にはアジアを侵略する意図はなく、アジアを守るために日本が立ち上がったという論。被害者意識に裏打ちされていて、しかも日本人のヒロイズムも刺激するという甘いものだが、日本がアジアに植民地を広げたという事実と乖離した自己満足の論に過ぎない」

サクラ「事実は何かということを常に念頭において物事を見て、考えないと間違えるということ。靖国参拝の問題にしても、戦死したり戦地で餓死した兵士らが、東条英機らを一緒に祀られて、どう思うのかと想像してみることも必要だな」

スギ 「根本にあるのは、日本が先の戦争について歴史的評価をきちんとしていなかったことだ。数年前から急に国家のグランドデザインが必要だなどといわれるようになったが、歴史的事実を踏まえない机上の国家論なんて作文にすぎない」

サクラ「戦争では、100%の加害者もいないし、100%の被害者もいないだろう。被害者意識にとらわれてしまっては、相手側の非しか見えなくなるぞ」