望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

自己責任あれこれ

 これは20XX年の日本の話です。

自己責任その1−−火事

 「火事を出した奴が悪い。消防システムにも税金が掛かっている。すべての家が火事を出すのではなく、一部の不注意な奴だけだ。騒ぎを起こし、世間を騒がせたのだから、火元となった家は反省して、自己責任を痛感しろ」というわけで、消化活動に掛かった費用の二分の一は火元が払わなければならなくなった。「火を出して消防署に迷惑をかけた奴が悪いんだから、全額負担させろ」との政府筋、一部マスコミの主張も無視できなくなりつつある。 

自己責任その2−−強盗

 深夜の東京郊外で、残業を終えて終電車で帰って来たサラリーマン(35)が、若い男3人にすれ違いざま、いきなり殴られて倒れ、少し意識を失っている間に所持金を全て奪われた。気がついて駅前の交番に駆け込むと、警官は迷惑そうに「人通りの少ない時間に出歩いていて、何かあったって、それはおたくの自己責任だ」と言い、「調書をとって記録に残してもいいけど、犯罪発生が予見される空間に自ら出向いたのだし、捜査するとなると税金で運営されている警察にも迷惑をかけるのだから、応分の負担をしてもらうが、いいか」と聞かれ、サラリーマンは自己責任を感じて泣き寝入りした。

自己責任その3−−急病

 ある会社の社長(65)は持病があって薬をいつも持ち歩いているが、上京して、薬の入った鞄をホテルに置いたまま1人で散歩に出掛けた時、持病の発作で倒れた。あいにく身元のわかるものは全て鞄に入っていたため、身元不明の行き倒れとして救急車で都立病院に運ばれた。ようやく意識を取り戻した社長に都は、「倒れることも予見できたはずだ。それを、あえて薬を持たずに出掛けたのは無責任だ」と自己責任を問い、「救急隊員や病院に迷惑をかけた。反省しろ」と治療費の他に救急車の費用、救急隊員の人件費なども請求した。

自己責任その4−−年金

 高齢化と少子化が進むことは以前から明らかだったし、給付水準を下げなければ制度が破綻することも明らかだったのに、政府の言うまま年金保険料を払い続けた人々は、「制度の破綻は当然予見できたのに、個々に対応策をとらなかった」として自己責任を政府から求められ、雀の涙ほどの年金で我慢せざるを得なくなった。文句を言おうものなら、年金制度を苦労して運営している政府に迷惑をかけたとして、「自分の力で生きなさい」と年金受給資格を取り消される。

自己責任その5−−ゴミ

 都市周辺のゴミ処理場はどこもパンク状態。ゴミが溢れることは予測できたはずだし、「ゴミを出すこと、それ自体が環境に負担をかけている。環境に社会に迷惑をかけずに生きなさい」として、原則としてゴミは個人がそれぞれ自己責任で処理することになった。個人で処理仕切れず、ゴミ処理業者にゴミを出す場合、「社会に迷惑をかけた。反省しろ」として高額の課徴金がかけられている。不法投棄が発覚すると非国民扱いされる。

自己責任その6−−海外旅行

 家族でアメリカ旅行に出掛けた一家。ニューヨークでナイター観戦を楽しんだ後、ホテルまで散歩がてら歩いていたが、人通りの少ない辺りで銃を持った2人の男に脅され、財布やパスポートの入ったバッグを奪われた。慌てて大使館に駆け付けると、担当官は迷惑そうに「夜のニューヨークが危険なのは分ってるでしょう。海外旅行では特に自己責任が求められるんです。それに、危ない場所に出掛けていった人がどうなろうと、本人が悪いと日本では決まったんです」と言い、パスポートの再発行には「大使館や日本政府に迷惑をかけた」として高額を要すると説明された。怒った父親は「そんな国には頼まない」とタンカを切って大使館を出、ホテルに戻る途中、日本人のカップルを見つけ、「そうか。日本人は国外では誰にも保護されない弱い国民だから、いい獲物だ」と、カップルをカツアゲして金を手にした。一家はニューヨークに居を構え、専ら日本人相手の追い剥ぎとして暮らしている。

自己責任その7−−投票

 選民意識を持ち、弱者を切り捨て、民主主義を軽んじる候補者に投票して当選させ、弱者を切り捨て、民主主義を軽んじる政治を行わせている有権者(主権者)は、自己責任として、そんな政治のツケを、いつか払わなければならない。