望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

中華ナショナリズムの迷走

 国家意識は自国の個別利益を考える特殊主義的な観念で、天下意識は個別国家の利益を超えた普遍主義的な観念だ。中華民族主義(中華ナショナリズム)は普遍主義と特殊主義が融合した構造を持つ観念だが、それが現在の中国でどのような現れ方をしているのか。加々美光行さんの『裸の共和国』(世界書院、2010年)から以下、関係がありそうな個所を引用する(適時修正あり)。

 中国の「天下」観念は空間的限定性を持たない「大天下」だったから、それ自体としては空間限定的な「国民国家」に転化し得なかった。梁啓超孫文の「中華ナショナリズム」観念の創造は、「天下」である「中華」を「民族」に接木したもので、「天下」観念は生き続けて普遍・特殊融合型の観念構造の一翼をなした。

 「天下」観念の発生は春秋期まで遡ることができる。隋唐の時代を例にとると、当時の長安や洛陽は中華「天下」の心臓部であると同時に国際都市でもあり、西はシルクロードを渡り、東は海越え野を越えて、多くの異域の人々が行き交う文明の十字路でもあった。異域の人々は先端的な文明に惹かれて、吸収しようと集まってくる。つまり「天下」は周辺部や外部に対し強制的に働くのではなく、むしろ自発性に基づいて求心的に働く。これが「天下」観念の重要なところで、その本質は武力で支配することではなかった。

 つまり「天下」観念は一見、内部と中心部が主体であるかに見えて、その実、外部と周辺部が主体をなす観念だった。重要なのは、集まる先や行く先を選ぶのは外部と周辺部の人々の主体的選択に基づくということだ。

 中国の現在の状況が問題なのは、「天下」観念の「向心性」が衰弱を始めている点にある。「中華ナショナリズム」が抵抗のナショナリズムであった限りでは、「天下」観念に固有の、この外部と周辺部からの「向心性」が働く余地があり、それが反侵略のメンタリティを持つ多くの外部の人々を中国が惹きつけた理由でもあった。

 中国の周辺部をなす新疆ウイグル地域チベット地域、内モンゴル地域はイスラム教とチベット仏教の信仰が極めて強い少数民族の居住地域だ。チベット仏教イスラム教も、「中華」の「天下」と同様の普遍主義の性格を持つ。チベット人ウイグル人などが抵抗の目的から民族主義を勃興させると、梁啓超らが反侵略の抵抗のために「中華ナショナリズム」の観念構造を形成したのと同様に、自己の抵抗的な民族主義を、普遍主義的なチベット仏教イスラム教の信仰と接木し、普遍・特殊融合型の「仏教ナショナリズム」や「イスラムナショナリズム」の観念構造を生み出す可能性があった。

 問題は、そうした「仏教ナショナリズム」や「イスラムナショナリズム」などの宗教ナショナリズムが、中国国家の骨格原理をなす「中華ナショナリズム」と同じ観念構造をなすゆえに、相互に共鳴することもあるけれど、対立しあうものにもなるという点だ。毛沢東から歴代の指導者は、なべて「宗教ナショナリズム」と「中華ナショナリズム」を対立関係をなすものと見てきた。

 90年代移行、開発至上主義の展開とともに「中華ナショナリズム」が変質過程に入るにつれて、その対立関係は激化し、それがまた「中華ナショナリズム」を危機に陥れている。