望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

抵抗する精神

 ロシア軍が国境を超えて侵入してきたことを受けてウクライナは2月24日、国民総動員令を発出し、18歳から60歳の男性に対してウクライナからの出国を全面的に禁止した。ウクライナ国内にとどまった男性が徴用されているのか、自発的な協力を求められるだけなのか詳らかではないが、広範囲の惨禍と大量の避難民という状況に応じて男性たちは行動しなければならないだろう。

 戦争は絶対悪である。だが戦争は世界各地で起き、根絶されることがないのが人間界の現実だ。戦争は絶対悪だから、戦争には関わることを一切せず、戦争が起きて徴用されたなら逃げるというのは有効な個人的な対処法だろう。だが、戦争から逃避する人々が多いほど侵略を行う敵対国に有利に働く。侵略に抵抗することも、戦争から逃げることも個人が判断することだが、総力戦に巻き込まれたなら国家の強制力が強く働く。

 出国が禁止されたウクライナで何らかの手段で出国した男性がいる一方、ウクライナに帰国する男性もいて、「家族や国を守る」ために武器をとってロシア軍と戦うという帰国男性の声が報じられる。帰国して戦うという行動をうっかり愛国心と結びつけて早合点する人もいようが、自発的に帰国して侵略軍と戦う人々の多くはおそらく、ウクライナの独立(主権)を守ることを考えている。

 うっかり愛国心と結びつけて早合点する人は、国家があって人々が存在すると解釈しているのだろうが、それは人々によるレジスタンスが希薄だった歴史の反映だ。さまざまな侵略に人々がレジスタンスを行ったという歴史があるなら、レジスタンスの精神は受け継がれているだろう。レジスタンスは、侵略や暴政に人々が立ち上がって抵抗する精神に支えられている。

 ウクライナは1991年のソ連からの独立後、たびたび政権の腐敗が指摘されたり、親ロシア派と親欧州派の政権争いが続いたりした。そうした中で独立国としての国家意識を人々は形成してきた。腐敗した政権や、対立する勢力の政府が主導する国家に対して人々は厳しい目を向けただろうから、国家の要請や命令にいつでも素直に応じるとは限らない。愛国心ではなく愛郷心が侵略や暴政に対する抵抗を起こさせる。

 国家の主権者は「我々だ」との人々の意識がレジスタンスを支える。また、戦争が総力戦に変化したので人々が戦争に巻き込まれる状況となり、人々の日常生活を破壊する敵に対して抵抗する精神が刺激される。ウクライナがロシアの傀儡国家になることは、ウクライナの人々から主権が奪われるということだ。主権者であることを維持するためにウクライナの人々は戦っている。

 日本では憲法戦争放棄の影響もあるのか、絶対平和主義の声が珍しくなく、リベラル層からは戦争を忌避する声ばかりが伝えられ、戦争を現実的に考えず、侵略されたときの対応については論じることが封印されている印象だ。いつか日本が戦争に巻き込まれた時に、日本人が主権者として抵抗する精神を持っているのかが明らかになる。