望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

愛する心を強制する


 女性が子供を産まなくなり、「このまま行けば100年後には人口が3割減になってしまう」と深刻な少子化に悩むVP国では、「抜本的」な対策を講じることになり、愛国心法を制定した。


 <人口減少では国力が落ちる。子供を産まない女性は国を想う気持が足りない。国を愛する気持を女性にしっかり持ってもらわねばならない。国を愛する気持があれば、人口減少対策に女性は自ら動き、自らできることを行うはずだ。その結果として、女性の妊娠率が増加し、出産数も増加する>。このような考え方で愛国心法は成り立っている。


 といっても妊娠を強制するような法律ではない。民主主義が脆弱と言われるVP国だが、さすがに女性全員に受胎を強制するような法律は議会に提出できなかった。この愛国心法は適齢期の女性に、国を愛することを表明することを先ず求め、その次に誰か男性を愛することの表明を求めている。


 国を愛するということなら誰でも表明することはできる。たとえ腹の中はどうであれ、言わなければならなくなったとしたら、国を愛しますと誰でも言うことができよう。問題は、誰か男性を愛すると女性が言わなければならないことだ。芸能人やスポーツ選手などの「身近ではない」男性を愛すると言ったところで、少子化対策には結びつかないから、愛国心法では「身近な」男性の誰かを愛すると女性は表明しなければならない(この場合の愛は、人類愛などは対象外で、恋愛の愛だけを示す)。


 「恋愛は自然な感情だから、法律で強制するのは間違っている」との反対意見も根強かったが、同様に自然な感情とされる「国を愛する」ことが教育基本法に盛り込まれ、やがて、全国で教育委員会がまず教員に、次には児童・生徒に愛国心の表明を強制するようになってからは、人々の内心を国家が管理することへの疑問の声は小さくしか語られない社会になっていた。


 愛国心法が施行されて数年、国のために女性は恋人を見つけることが義務とされ、妊娠・出産が国から期待されるようになった(愛国心法により出産費用は無料化された)。ただ、愛国心法は未出産の女性を対象とした法律であり、1人でも子供を産んだ女性は対象外となる。このため、どうせ子供を産まなくてはならないんだから、好きな男性が見つかれば妊娠してもいいと考えるティーンエージャーが増え、愛国心法施行以来、徐々に十代の出産が増え、また、未婚の母も増える傾向にある。


 このため政府、与党内からは、家族制度の崩壊を憂慮する声が高まり、未婚女性の出産を反国家行為と指定するように、また、愛国心法の対象外範囲を子供4人以上もつ女性に引き上げるように愛国心法を改正しようとする動きが強まっている。


 なお、女性ばかりに国を愛することの表明を求め、男性はどうなのよ?と疑問を持つ向きもあるかもしれないが、VP国ではすでに愛国徴兵法が成立している。全ての男性は、国を愛することを表明しなければならず、軍隊のほか公共事業、政府系機関・企業などに、国の要請があれば一定期間奉仕しなければならない。「私」を捨てて「公」のため「国」のため体を張って具体的に尽くすことが義務化されている。