望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

真の「亡国」を考える


 8月15日はそもそも何の日だったのだろうか。旧日本軍を誇りに思うべき日なのだろうか、軍部独裁政治を多大な成果があったと懐かしむべき日なのだろうか。8月15日に意味があるのは1945年のことだ。この日は、裕仁天皇玉音放送がラジオで放送され、多くの日本人が敗戦を知った日だ。条件付きで日米が停戦したわけではなく、第3国が調停に入って休戦したわけでもない。日本が無条件降伏したのであり、敗戦したのである。負け戦…。各地で日本軍は武装解除され、日本には米軍が進駐軍として上陸し、日本を占領した。日本が主権を回復するには講和条約発効まで7年も待たなければならなかった。


 あの戦争では多くの日本人が死んだ。中国大陸や東南アジアなどでの戦闘で死んだ者、南方等で餓死した者、日本国内で空襲や原爆で死んだ者…多くの日本人が死んだ。よく聞く言葉に「彼らの死があるから、現在の日本がある。感謝しなければならない」というものがある。感情的には受け入れられやすい言葉なのかも知れないが、実質的には何を示しているかが不明な言葉である。「彼らの死」と「現在」の具体的な相関関係が希薄であり、これは、「現在」を肯定する生活保守主義に戦死者を無理に結びつけようとする意図で作られた言葉である。しかし、この言葉はTVなどで垂れ流される。ぼんやり聞いていると、あたかも現在の日本の経済的繁栄は戦死者がもたらしたものであるかのような錯覚を植え付けられることになる。


 死者には敬意をはらわなければならない。しかし、歴史的評価はまた別である。多くが餓死し、飛行機もろとも特攻(自爆)して死に、あるいは、捕虜になれば助かったかも知れない命を玉砕で散らした。旧日本軍の指導部には大きな責任がある。無条件降伏という敗戦責任と、死ななくても良かった無駄な死を兵士に強いた責任である。


 鬼畜米英だと戦ってきたはずの当の米軍が日本に上陸しても、日本人は組織的抵抗もしなければ、米軍に非暴力の抵抗もしなかった。天皇と同様にマッカーサーをあがめた。イラク戦争時に米国が誇ったように「日本は民主化された」。日本は生き延びることに必死になり、軍事力によるアジア・太平洋支配を諦め、経済面に総力を集中した。その延長上に現在がある。


 戦死者は美化される。美化することによって、国民に死を命じることができるという国家の強制力は維持される。敗戦後の日本人は生き延びることに必死だった。今頃になって戦死者を美化するのは、彼らの死が遠いものになって現実味を失ったことでもある。現実味を失ったから、勝手なイメージを付与して美化するなど戦死者を「利用」できるのだ。


 無条件降伏という恥ずべき「国難」を招いた責任は誰がとったのだろうか。先の戦争を「アジアを解放するため」とか様々な理由をつけて肯定する人々が増えているという。無条件降伏という負け戦を肯定するのだから、世界各地の民族解放闘争を支持するような人たちかと思うと、そこまでの視野はないらしい。むろん平和主義ではなく、かといって、今度は自分らが銃をとって戦場に行きアメリカに勝ってやると勇むほどの覚悟もないらしい。今頃になって戦死者を美化し、戦争を美化したところで、日本が無条件降伏してアメリカの占領下に入ったという歴史的事実は変えられない。