望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

クサビを打つ

 中国は南シナ海のほとんどを自国領だと主張し、方々に点在する岩礁などを埋め立てて人工島を造成し、空軍や海軍の軍事展開の拠点とした。東シナ海においても台湾侵攻を視野に海軍の展開能力を高めるための訓練を繰り返し、西太平洋にも進出するようになり、日本領の尖閣諸島周辺では中国海警局が定期パトロールを行うようになった。

 歴史的に中国の軍事力の主力は陸軍で、海軍は強力ではなかった。中国の歴代の王朝を苦しめたのは北方などからの陸づたいの侵入であり、現存するだけでも6000km以上とも8000km以上ともいう万里の長城は、いかに中国人が陸からの侵攻に対する強い警戒心と恐怖心を持っていたかを示している(万里の長城の総延長を中国政府は21196kmとする)。

 経済成長した中国が海軍を強化し、海洋進出を積極化させているのは、第一に台湾を武力制圧する準備、第二に米国のアジアにおける海軍力への対応ーだろう。だが、ロシアの弱体化によって陸路における現実的な脅威が軽減したことが大きい。ロシアから陸路で侵攻される可能性が縮小したことで、中国は海軍力の強化を積極的に進めることができた。

 中国は海側(東南)を向いては米国と対立し、陸側(北西)を向いてはロシアと対峙している。腹背で敵と対峙する事態は避けなければならない中国で、ソ連からロシアに変わってもロシアに対する警戒心は薄らいではいないだろうが、ロシアの経済的な弱体化でその現実的な脅威は減退した。陸側に対する警戒心を低下させることができたので中国は、海への進出に重点を移した。

 中国の海洋進出に対して米国をはじめ各国には具体的な抑制策がない。米国は艦艇を南シナ海などで航行させているが、それは中国の更なる海軍力の増強を促すだけだろう。中国が海洋進出に注力するのは、陸側からの脅威が減少したためだと判断するなら、中露の間にクサビを打ち込み、中国とロシアを離間させることが有効だと見えてくる。

 ウクライナに侵攻したロシアに対する警戒心を中国が高め、過去のソ連の軍事力に対する警戒感を想起したなら、中国は陸軍の強化に重点を移すだろう。海軍力の増強も続けるだろうが、ロシアとの長い国境線の守りを強化することが最優先になったなら、海洋進出はペースダウンするかもしれない。

 問題は、どういうクサビを、どうやって打ち込むかだ。中国もロシアも米国と対立しているので連帯しているように見えるが、敵(米国)を共有しているだけだ。つまり、中国かロシアのどちらかが米国と友好的になれば、残されたほうは孤立する。ウクライナを占領できてもロシアは、その後の占領統治が簡単ではなく、欧米などの経済制裁のためにロシア経済は時間と共に弱体化するだろう。中国とロシアの離間を図る絶好の機会がやって来る。