望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

愛国者と歴史

 ロシアで絶大な権力を掌握したプーチン大統領が決断してウクライナ侵攻が実行されたと見える。だが、その決断に合理性が希薄であるとの疑いが現れる一方、数日でウクライナを制圧できるとの期待に基づいて侵攻が実行されたとの解釈が広まり、今回のプーチン氏の決断の妥当性に疑問が出てきて、プーチン氏の精神状態を危ぶむ声さえ欧米で現れた。

 2020年の憲法改正プーチン氏の2036年までの続投が可能になり、さらに大統領に強大な権力が付与されたというロシアの権力構造からして、プーチン氏が今回の侵攻の決定に大きな役割を担ったことは確実だ。そこにはロシア流の世界観が反映されるとともに、プーチン氏が考える合理性があったはずだ。

 その合理性は、第一に今回のウクライナ侵攻に伴うロシアのリスクは小さいとの判断、第二に短期間でウクライナを制圧できるとの判断、第三に欧米の反応は限定的との判断、第四にウクライナをロシアに「回収」することでロシア政権への評価が高まるとの期待ーなどの見込み違いに基づいていた。

 ロシアは2014年にウクライナの領土であるクリミア半島を武力で併合し、親ロシア派の武装勢力が実効支配するウクライナ東部において影響力を強めた。ウクライナ東部においてロシア系住民へのジェノサイドが起きているとロシアは主張し、今回のウクライナ侵攻を正当化する(欧米はロシアの主張を事実無根とする)が、おそらく理由は何でもよかった。何の理由であれロシアはウクライナに侵攻した。

 ソ連が解体して誕生したロシアは混乱が続き弱体化したが、原油などの輸出により経済を立て直すことができ、軍事力の大幅な衰退を回避しつつ、「大国」として振る舞うことができた。長期政権を維持し、今後も最高権力者の地位にとどまり続けることが可能になったプーチン氏にとっては、残るは愛国の英雄として歴史に名を残すことだ。今回のウクライナ侵攻は、プーチン氏の愛国者として歴史に名を残したいとの思いが影響した可能性がある。

 愛国者として歴史に名を残す人は、①侵略者に抵抗して撃退するか犠牲となって人々の抵抗心を高めた救国の英雄、②領土を拡大して大帝国をつくった指導者、③バラバラだった諸地域をまとめ国家を統一した指導者、④植民地で独立の機運を決定的に高めた活動家ーなどだ。ロシア国内に君臨するプーチン氏が愛国者として歴史に名を残すなら、ロシア「帝国」を復活させるしかない。

 ウクライナ東部を完全にロシアの支配下にできたなら、ウクライナを強く牽制でき、ウクライナNATO参加も阻止することができ、おそらく欧米の経済制裁なども限定的だったかもしれない。ウクライナ全土の制圧をロシアが目指したのは合理的な判断に基づくものではなく、愛国者として歴史に名を残したいとのプーチン氏の野望が強く影響したとするならば、簡単にはロシアは軍を引かないだろう。