望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

1×1=1

 1に1を足すと2になるが、1に1を掛けても1のまま。なぜ1に1を掛けても1のままなのか。もしかすると、1に1を掛けた時点で、見かけは1のままでも、何らかの変化が起こっているのだろうか。
 
 こんなことを考えたのは、ある新聞記事が目に留まったから。それは無着成恭氏のインタビューで、無着氏は、2+2=4と2×2=4の4の違いについて、リンゴ2個とリンゴ2個では4個、子ども2人にリンゴ2個ずつあげるとリンゴ4個、2mと2mを足すと4mだが、縦2m×横2mでは4平方mになると説明し、操作的な技術だけではなく、同じ4でも、違うということを理解することが大切だと言う(08年の朝日新聞)。

 1+1=3というのはよくある。夫婦に子どもが1人生まれた状態だが、1人だけとは決まっていないので、=の後が4にも5にも6にもなり得る。ネズミのカップルなら、=の後は膨大になるかもしれない。1+1+1=1は、みずほ銀行三菱東京UFJ銀行。1+1+1+1+……=1というのはEUのこと。まだEUが完全に1になってはいないので、理念を現す式と言えようか。この式は、日本各地で行われた市町村合併のほうが当てはまりそうだ。

 1+1=1が挫折したのが政界のかつての大連立のイメージ。そういえば政党の合従連衡も1+1+……=1だ。大政翼賛会も、この式だな。1+1=0なんてのもある。競馬にも宝くじにも1万円ずつ、つぎ込んだが、ハズレというパターン。1+1=?は朝日・読売・日経のサイト。紙媒体の先行き低迷を見込んで新たな収益源を探るが、紙媒体に代わる存在にはなっていない。

 1+1+1=不明というのは、9.11とアフガニスタンイラクでの死傷者数の合計。米の軍事力でテロを抑え込むつもりが、もっと拡散したかも。1+1+1+1+1+1=1はユーゴスラビアだった。一つの国がセルビアモンテネグロボスニアクロアチアスロベニアマケドニアに分かれたが、この式にコソボという1が加わった。

 1×1=1に話を戻すと、これは要素と属性と見ることもできる。高価な服を着ていようとボロを着ていようと、人間の価値は同じであることを示す。だがね、実際は高価な服を着ている人が丁重に扱われ、ボロを着ている人は雑に扱われるのだから、1×1=1ではあっても、答えの1は等価ではないかもしれない。また、ロールスロイスに乗る人間と中古のボロ国産軽に乗る人間は、1台の車に1人の人間ということでは共通しているが、その有り様の受け止められ方は異なる。答えの1は等価ではないかもしれない。

 しかし、1×1=1は、資産をどれだけ得ようと得まいと死ねば同じ、「人は裸で生まれて裸で死んでいく」ということを現しているともいえる。1人の人間には1つの生涯。