望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

軍事こそリアリズム

 え~、ドイツの空軍司令官が、先の大戦でのドイツを擁護する論文をネオナチ経営者率いるホテルグループの懸賞論文に応募して最優秀賞になったことが2008年に明らかになり、論議を読んだそうでして。論文では、ドイツは被害者であったとか、ドイツが侵略国家とされるのは濡れ衣だと主張しているンだそうですな。



 報道によりますと、その論文の概要は次のようなものだそうです。



 「ドイツは欧州大陸で一方的に軍を進めたことはない。国際法上合法的に欧州大陸で権益を得て、それを守るために軍を配置した。
ドイツは優柔不断を装ったチェンバレンにより戦争に引きずり込まれた犠牲者だ。


 ドイツとドイツ軍の努力で欧州の人々は異民族の経済支配から解放され、ゲルマン=アーリア人のもと偉大な帝国の構成員となることができた。
1945年以降、多くの中東欧諸国が独立し、植民地も独立した。戦争を戦った偉大なドイツの力によるものだ。


 ニュルンベルグ裁判は戦争責任をすべてドイツに押しつけようとした。そのマインドコントロールがドイツ人を惑わせている。今のドイツ軍は欧州で自由に行動できず、軍備の増強も自由にできず、核兵器保有できない。がんじがらめで身動きできない。このマインドコントロールから解放されない限り、ドイツ軍が欧州で自由に動くことができる体制はいつになっても完成しない。


 多くの欧州諸国がドイツとともに戦った。現在も多くの欧州諸国がドイツの工業力や文化を肯定的に評価していることを認識する必要がある。ドイツが侵略国家だったなどというのは濡れ衣である」



 事実誤認や思い込み優先で、論文というより酒場の片隅で酔って気炎を上げているのと同様だと言う人もいましてね、まともに対応するべき論説ではないのかもしれませんが、実はこの論文、空軍司令官の地位にある人が素面で書いたものだそうで、不気味ですね。



 軍事とはリアリズムでしょう。「我が軍は強く正しい」と思い込んで、状況分析に主観が強く影響するようでは、判断を誤ります。有事には、現実・事実に基づいて冷静に論理的に客観的に判断すべき軍司令部に属する人間が、実際には、平時にも論理的かつ知的かつ客観的に判断できなくなっている。そういう人間が、武力行使の責任者の地位にあることに不安を感じた欧州の人は少なくないようで。



 普通に考えれば、平時にも冷静に判断できない人間が司令官になる軍隊は、強くはないでしょう。今のドイツ軍は、この程度の人間が司令官になることができるのかと欧州各国の軍関係者は密かに安堵したそうな。でもね、その一方で、司令官が奇妙な命令を発し、それで空軍が動きだしたら……周辺諸国は、とんだ巻き添えを食うかもしれません。



 先の大戦でドイツは、軍隊を保持したまま休戦したわけでもなく、対等の和平交渉に臨んで条件付きで戦争をやめたわけでもなく、一方的なボロ負けをしたんですね。ドイツ軍は武装解除され、解体されました。ドイツ軍の栄光なるものは「賞味期限切れ」になったんですがネ、それを理解できずに、年月がだいぶ経ってから「さあ、お食べ」とドイツ軍の栄光なるものを食卓に出す人がいて、そういう人たちは食卓に漂う腐臭に気がつかないようですな。



 日本に詳しいドイツ人が嘆いておりました。「ドイツ人は実証的で科学的だったはずなのに、これじゃ日本の大本営発表の歴史を受け継いだようなものだ」と。彼が言うには、「意図的な事実誤認・事実無視によって日本の大本営発表は成り立っていたが、この空軍司令官はそれを現在に引き継いでいる。こんな人間が司令官になることができるような軍隊は、また、以前の軍のようにボロ負けしてしまう」。



 でも、ものは考えようでして。軍に対する制約が多く、どうせ戦わない軍隊なんだから、司令官なんてアホでもいいという極端な見方もあるンですね。例の空軍司令官は、「マインドコントロールされた虚弱な軍」だから司令官になることができたそうで、まともな軍隊だったら、あのような人間は司令部には入ることはできないとか。彼には現在の軍が好都合でお似合いの環境だったのかもしれませんね。