望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

戦争も民営化


 世界では戦争さえ民営化されている。戦場で軍事力を提供する会社や軍事訓練を担う会社は傭兵会社として以前からあったが、基地の警備や兵士の食料、物資補給など幅広い軍関連業務を請け負う民間会社が出てきた。世界での市場規模は約1千億ドル(約11兆円。2005年)に達し、もっと“成長”すると見込まれている。


 民営化とは何だろうか。“親方日の丸”で非効率の仕事が続き、赤字補填を税金で行わざるを得ないから、民営化して効率化・スリム化して独立採算でやってもらい、税金で赤字補填することを止めるーといったイメージだろう。しかし、冷静に考えるなら、公共サービスとして赤字でも国家がやらなければならないこともあるはずだ。例えば、JR只見線。豪雪地帯で冬場は道路が遮断されるため地域住民の生活の足確保に欠かせないと、赤字の超ローカル路線だが廃線とならずに残っている。JRという1民間会社の判断を超えたところで存続の決定がなされたものだろう。


 軍隊もそうした公共サービスの一つなのか。つまり採算性という観点からは“赤字”だが、必要だとして国家が維持しているものなのか。それとも民営化できる部分は民営化した方がいいのか。J・オーウェルの「1984」に描かれた、持続して戦争を続ける国家体制なら軍隊の存在価値は理解しやすいだろうが、実戦を経験しないまま退役する軍人が大半という状況では、必要ないんじゃない?という声も出てこよう。


 軍隊における採算性とは何か。他国からの侵略がないことを軍隊の抑止力の成果と看做して、軍隊を持つことを正当化する考えが一般的だろう。それが膨大な軍事費支出を支えているのだが、高コスト調達にもつながっている。費用対効果という観点から軍事費を検証することも、軍隊があるから他国からの侵略を阻止し得ているという主張(信念?)を容易に覆しはできそうにない。何らかの数字を示され、それ以上の費用がかかるなら防衛を諦め他国からの侵略も容認するなんて議論は、そもそも成立するまい。つまり、軍隊における採算性の議論は閉ざされている。


 世界では民間軍事会社の活動領域が増え、きちんとした会社から怪しげな会社まで様々が活動しているという。世界の不安定化とも相まって、市場規模は拡大するばかりともいわれる。そのうち、ビジネスチャンスだと大手企業も参入し、アフリカのどこかで中国系の軍事会社と米国系の軍事会社とロシア系の軍事会社と欧州系の軍事会社などが代理戦闘をする事態にもなりかねないな。