望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

高齢者の犯罪

 え~、高齢者の犯罪が増えていると10年ほど前に騒がれました。2008年の経済白書が「高齢者犯罪の実態」を特集し、「65歳以上の高齢者数はこの20年間で2倍になったのに対し、検挙された高齢者は5倍に増えた。同時期の65歳以上人口の増え方は約2倍」で、「昨年1年間で、過去最高の約4万8600人の高齢者が、交通事故以外の刑法犯罪を犯し、警察に逮捕されるなどした」そうで、なにやらキレやすい高齢者が増えている?



 なぜ高齢者は犯罪に走るのか……というわけで新聞各紙はさっそく社説に取り上げ、「独り身、親族と疎遠、経済的に不安定。これらが高齢犯罪者の特徴である。最も多い犯罪が万引きなどの窃盗で全体の65%」(読売)とか、「犯罪性が進んだ高齢犯罪者ほど、社会的な孤立や経済的不安といった深刻な問題を抱えており、このことが高齢犯罪者全般の主な増加原因」「法務省の調査によると、満期出所した65歳以上の受刑者の約7割が5年以内に再入所する」(日経)なんて憂いておりました。



 東京新聞は1面コラムで「白書は75歳の女性の犯行を(万引きの)典型例の一つとして紹介している。夫と死別し、年金頼みの独り暮らし。お金を使うのがもったいないと、コンビニでおにぎりやサンドイッチをしばしば万引するようになった。孤独や困窮、不安を抜きには語れない事件である」と書き、朝日は社説で「高齢者の犯罪を防ぐには、摘発や防犯対策だけではない。かぎを握るのは、刑務所と医療・福祉関係者との緊密な連携だ」「日本社会の高齢化はますます進む。対策は待ったなしだ」としておりましてネ、高齢者は年金や医療の対象だけではなく、防犯対策の対象でもあるような妙な雲行きでしたな。



 白書は、高齢者犯罪が増えたから、団塊世代が高齢者になると大変だぞ~と脅かしていました。新聞各紙は白書を疑わず、ラジオ番組「アクセス」ではキレる高齢者の見聞談を集めてネタにしていました。白書を疑うということをマスコミはしないんですね、簡単に乗せられちゃって。



 21世紀に入って高齢者の犯罪が増えたとすると、それはなぜですかネ。高齢者の社会的孤立や経済的不安が犯罪に走らせるほど高まった? 社会的孤立や経済的不安が高まれば高齢者は犯罪に向かう? 孤立感を感じ経済的に楽ではない高齢者は以前から多かったでしょうに……。実はね、「高齢者の犯罪が増えている」のではなく、「暴走しやすい人たちが高齢者になった」からだという見方があるンですよ。



 犯罪が増えているという高齢者は1930〜40年代の生まれ。戦中・戦後の混乱期に少年時代を送り、忠君愛国「御国のために死ね」から「これからは民主主義だ」への価値観転換に直面し、高度成長期にはモーレツ社員となり、バブル崩壊期には早期退職勧奨の対象となるなど、時代の大きなうねりに翻弄された人々なんですね。



 殺人・強盗・強姦・放火を合計した少年犯罪の発生件数は、昭和20年代後半は5千件前後、同30年代になると急増し、同35年の8千件超をピークにしばらく7千件台で推移したンですね(「反社会学講座ちくま文庫)。詳しく見ると殺人は同25年と35年の約450件がピーク、強盗は同23年の3878件がピーク、強姦は同33年の4500件超がピークだったんですね。ちなみに1930−40年生まれは昭和20年には15ー5歳、同25年は20−10歳、同30年は25ー15歳、同35年は30ー20歳。



 「高齢者の犯罪が増えている」のか「暴走しやすい人たちが高齢者になった」のか断定はできませんがね、戦後に少年犯罪が多発した頃の少年らが高齢者になったことは確か。もちろん少年の頃に犯罪が多かったからといって、その層で継続して犯罪が多いとは言えません。各年の犯罪発生件数と検挙者の年齢構成を分析すれば傾向が出るでしょうから、そうした分析こそ、マスコミに期待したいところなんですがね。